冒険譚のラストシーンにて

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”………だれが お前たちのような 生臭いのを 喰うか” ひとの言語は動物のものに比べればとても簡単で、討伐隊の会話を何百回も聞けば学習できた。それでも発語するのは初めてで、わたしはザラザラとした音で男に返答する。その音は暴風のようになって男にふき付けて、男の髪や服をばたばたと騒がせた。 男は心底びっくりしたような顔をしたがそれが災いして、風に舞った土埃が見事に、阿呆面の目にも口にも侵入したようだった。目を擦りながら咳き込む男を、わたしは毒気をぬかれて観察している。本当に何をしに来たのだ、この間抜けな男は。 ああ、ああ痛い!しばらくそう叫びながらもぞもぞとしていた男を、律儀にも私は数分かけて待った。男はようやっと落ち着きながら、涙目で私を見つめる。 「なんだ、ちゃんと会話もできるし、獣のように暴れたりしないじゃないか!俺みたいな簡単に仕留められる獲物を、食べようともしない。 それに、なんて、なんて綺麗なんだ」 男は意外にもただの阿呆ではないようだった。なにより、わたしを恐れなかった。きれいだなどと言われるのは気色が悪くて眉間にしわを寄せたが、わたしの表情の些細な機微にも男はすぐに気が付く。 「すまない気分を悪くしたか。うまく言えないけど、お前はすごく美しいものだから。 答えてくれてありがとう。俺は街に帰ってみんなに、お前は無害だと話すよ」 いいや前言撤回しよう。こいつは阿呆だ。 ”……何百回と人間たちが討伐にやってきた、一昨日もだ。心底わたしがいつか人間を滅ぼすと、信じている。間抜けなお前の言うことなんか誰が信じるか。だからやめておけ” 男は再び目を丸くしてから、にこ!と突然破顔した。 「生まれたころから怪物の話を数えきれないくらい聞かされていたけど納得いかなくて、今日会いにきたんだ。怪物は聡くて美しかったと、言うだけ言うさ、真実だから。 俺はもう家族もいないし、町のみんなからも煙たがられているからいいんだ。 心配してくれて、ありがとう」 なんて頭の痛くなる純朴な木偶だ。 男は深々と礼をよこした後、「さようなら、うつくしい竜」とだけ言って背を向け、ご機嫌な足取りで歩いていった。 ”まて” 溜息まじりに呼び止めたことは、自分自身が意外だった。これまで散々迷惑させられていた人間相手に。でもわたしは、後悔することになるかもしれない事を十分承知しながらこう言ったのだ。 ”この鱗を持っていけ。そして 「竜は俺が倒した 」 と、そう言え” この男以外に、わたしの茶番劇を終わらせられる者はいないだろうという、確信を持ちながら。
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