冒険譚のラストシーンにて

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あの日困惑する男を言いくるめて、男の顔よりも大きな、脇腹の鱗を引き抜かせ持たせた。わたしの鋼鉄のようでいて薄氷にも似た鱗は男の柔肌にいくつもの細い裂傷を作ったけれど、男は眉を限界まで下げながら「鱗を抜いたところは痛くないのか」と聞く始末だった。 何度目かわからないほど頭が痛くなったが、”お前より酷い怪我に見えるか?”と返して、男の背を鼻先で押す。頼むから街の者を騙す時、その純朴さを出してくるなよ。そう唸りながら。 そして。男は純朴であるからして私との約束をちゃんと守り、その日「英雄となった」。 街の者は訝しんだだろうけど、竜の大きな鱗はその男しか持ち帰ったことなどなかったし、「お伽噺でもよくあるよね。正直者にしか倒せなかった系のやつだったのかなあ」と、なんとも都合よく納得するしかなかったようだった。 数十日後その報告へ男がやってきた時、わたしは相変わらず眠くて不機嫌だったけれど、男のテカテカしている “勇者然“ とした一丁羅やピカピカしている背中の剣が全く似合っていないことが心底可笑しくて、捲き起こした暴風で木々を揺らしながら笑ったのだった。功績を讃えて服は街の長から、剣は国王から賜ったものらしかった。男は顔を真っ赤にして眉を下げるものだから私の笑いは止まらず、その日山の下では嵐が起きていたらしかった。こんなことは、数千年生きてきた日々の中で初めてのことだった。
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