冒険譚のラストシーンにて

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「お前と出会ってからもう、1年が経つなあ」 わたしがこの男に “討伐されて” から一年経って、一丁羅をもじもじと着せられていた男は、もう随分とその服を着こなしていた。元が鍛治職人なだけあって剣の扱いもそこらの男たちと見劣りしなかったし、そしてその剣はいつも研ぎ澄まされていた。 「聞こえるか。山のしたで鳴っている音楽。街で記念祭が行われているんだ。一年前 “竜が居なくなったこの日” を祝って」 やけに、ラッパの賑やかで間抜けな音が木霊してくると思った。そうかあれは、“わたしの死”を祝う音楽であったか。 苛立ちはなかった。ようやっと、あの茶番劇から降りられたのだという実感が私を満たした。音楽隊のリズムや音色が風にひずんでいる。悪くない気分だった。 「数ヶ月に一度 “竜が復活していないか” 、俺が1人で確認にいくって、決まりを作ったんだ。さっきも盛大に送り出されてきた」 男は地面にそのまま腰を落として、草を撫でながら遠い喧騒を聞いている。人間と隣り合って過ごすことなど一年前には考えられなかった状況だが、わたしはこの男と過ごす時間が嫌いではなかった。このまま眠ってしまいたい心地ではあるが。 だが問うてやらねばなるまい。わたしと人間たちにとっての、この功労者に。 “ なぜ浮かない顔をしている。お前を讃える歌も聞こえてくるじゃないか “ わたしへのやけに賑やかな鎮魂歌と、勇者を讃える歌が交互にここへ届く。やっと堂々と振る舞えるようになったのだから、晴れやかな顔をすればいいのだ。だというのに男は、初めて私の鱗を引っこ抜いた時のような顔をして、遥か遠くから聞こえる音楽を聴いている。 そういえば、「街の長の娘を嫁にもらうことになった」と、そう報告してきた時も同じような様子であった。まあ大体の予想はつく。 “嘘をついて祭り上げられていることにも、わたしが死んだとされることにも” 後ろめたさがあるに違いなかった。この男は一等、残酷なほどに純朴であったから。 " 呆れた男だ、わたしが頼んでお前に“殺された”というのに。胸を張って勇者として振る舞え。この嘘がわたしと人間たちの平穏を守っているのだから " ヘマをするなよ、といつかのように唸れば、やっと男は眉を下げたまま笑って「任せてくれ」と言った。ひずんで掠れた音楽が、死んだわたしと生まれ変わった男に鳴り響く。わたしは目を閉じて眠りに落ちた。ここ数百年で、一番穏やかな心地の眠りであった。
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