ベータの兄と運命を信じたくないアルファの弟

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 そのうちの一人が、文化祭のときに舞台上でヒートを起こしたオメガの男子生徒だった。高校を卒業後、男子生徒は就職先で無事アルファの女性と知り合うことができたらしい。現在はそのアルファ女性と番になり、法律上もパートナーとなって今は地方で暮らしているそうだ。  それを聞いて、優鶴はどこかホッとしたのを覚えている。自分のことじゃないし、その男子生徒とほとんど面識もなかったけれど、時々読んでいた漫画の主人公が最終的にハッピーエンドを迎えることができてちょっと嬉しい……みたいな、そんな感じだった。  夕食を食べているときに、優鶴はその話を煌に振った。だが、煌は「へえ」と興味なさそうに一言で済ませただけだった。 「煌もいつかそんなオメガに出会えるといいよな」  世間話の流れで優鶴が笑うと、煌は「オメガとかどうでもいい」と言った。なんだかんだで、世間のアルファ性の人間がパートナーに選ぶのは異性のアルファである場合が多い。優鶴が「おまえも結局アルファ女子派か~」とからかうと、煌は淡々とした口調で言った。 「べつに。ただ、そういうことを他人から決めつけられたくない。俺だって年上のベータ男を好きになるかもしれないだろ」  『年上のベータ男』――やけに具体的な人物像に、一瞬「うん?」と思った。だがこのとき優鶴は、煌が家族の中で唯一のアルファだったことに対し、まだ疎外感を感じているのかもしれない――と思うことにして「そ、そうだよな」と苦笑いした。だが、なんとなくモヤモヤしたものが胸に残ったのだった。  それ以降も、「ん?」と思うことはたびたびあった。具体的に何かされたとか、言葉を渡されたわけじゃない。 「兄貴って今恋人とかいないの?」  とか、 「どんな人がタイプなの?」  とか……兄弟でもギリギリ話す会話が増えただけで。  ただ、自分がアルファであることを意識的に意識しないようにしている煌に出会うたび、優鶴はどうしていいかわからなくなった。  自分はどんな反応をするのが正解なんだろうか。すぐには思い浮かばず、優鶴は咳払いをして、 「お、俺ここ片づけとくからさ。風呂はおまえが先に入れよ」  口ごもりながら言った。我ながら苦しい逃げ方だと思う。  煌はあからさまなため息をつく。自身の肩や背中についた髪を新聞紙の上に払い落としてから、風呂場へと向かった。
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