ベータの兄と運命を信じたくないアルファの弟

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 煌が大学のスクーリングに通うようになってから、四日が経った。久しぶりの外の世界に、初日は「太陽がしんどい……」とげっそりしていた煌だが、二日三日と経つと通学のリズムを掴んでいるように見えた。  二日目の夜、煌が「アルファってそんなに珍しいもんなの?」と優鶴に訊いてきた。どうやら現在受けている授業に、アルファの学生は煌しかいないのだという。それが理由なのかはわからないそうだが、講師の態度が煌に対してどこかよそよそしいらしい。  反対にベータと思われる女子学生たちからは、休み時間によく声をかけられるのだと、煌は不思議そうに言った。「嫌味かよ」と口では言いつつ、以前の自分なら弟がモテるという事実に鼻を高くしていただろう。  だが先日の「年上のベータ男を好きになるかもしれない」発言が記憶に新しい。そんな話を自分にしてきた煌の思惑を、無意識のうちに勘ぐってしまう。 「や、やっぱり珍しいんじゃないか? たいていのアルファはアルファ専門の大学か、国公立の大学に行くってのが世間の常識だし」  煌は不機嫌そうに眉をしかめた。納得いっていないのだろう。 「俺、自分がアルファって感じがしない」 「なら再検査してみるか?」  冗談で言ったのだが、煌は本気の表情で「そうしようかな」と首を横に倒した。優鶴は冗談だと否定しつつ、 「おまえの場合、まわりがみんなベータだからアルファが珍しく感じるだけだよ」  笑って言うと、煌は真剣な顔で「やっぱりベータな気がする」とつぶやいた。  あっという間に一週間が過ぎ、煌のスクーリング通学も残すところあと一日となった。  煌の言動によってはやりづらいと感じる場面も最近あるが、引きこもっていた頃を知っている自分からすれば、外に出ることができるようになったことは純粋に喜ばしい。  最終日の明日はちょっといい酒でも買って帰ろうか。あ、でもケーキとか甘いものの方がいいかな。平沢家の事情を知っている課長のことだ。早く帰らせてくださいと頼んだら、二つ返事で承諾してくれそうだ。  そんなことを考えながら、優鶴は五時ごろ会社を出た。  優鶴が最寄り駅に着いたのは六時すぎ。電車に揺られているときから気になっていた灰色の雲に覆われた空が、より一層暗くなった気がした。日の長い時季だというのに、駅前の街灯もすでに蛍光白色を放っている。  ひと雨降りそうだが、優鶴はあいにく傘を持っていない。ビジネスバッグを胸に抱え、気持ち足早に自宅へと向かって歩きはじめた。  ポツポツと顔や腕に当たる雨がどしゃ降りに変わったのは、自宅近くの公園の横を通過しようとしたとき。先日、暴行事件が起きた花井田公園だ。  犯人のアルファは捕まったらしい。近所の人が回覧板を回しに来た際、教えてくれた。  そんなことをふと思い出したからだろうか。公園の横の道を走っていると、女の「やっ」という声が雨の音にまじって聞こえたような気がした。気のせいかと思ったが、今度は「やめ……んンっ!」と苦しそうな声が確実に耳へと届く。  優鶴は足を止め、声のする方を見た。公園の中から聞こえてきたらしかった。が、紫陽花の背後で生い茂った緑が壁となり、中で何が起きているのかまでは見えない。
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