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「は……?」
「もぉ、がま……でき、な……っ」
朦朧とした足どりで立ち上がると、男は優鶴と煌にゆっくりと近づいてきた。甘い匂いが一段と濃くなり、優鶴はうっと顔をしかめる。これがオメガの放つフェロモンだというのだろうか。どちらにせよ、ベータの自分にまで感じ取れるなんて異常だ。
近づいてくる男に「こいつは弟なんだっ」と訴える。だが、それも虚しく今度は背中で押さえつけていたその『弟』が、再び獣のような声をあげて暴れ出した。背中で止めるのは無理だと判断し、前から抱き合うような体勢で煌の動きを封じようとする。
すると背中に男の弱々しい手がすがりついてきて、優鶴の背中を叩いた。
「どい、て……っどいてよお……っ」
苦しそうな男の熱っぽい声が、背中越しに聞こえる。せっかく逃げる機会を作ったのに、このオメガは何を言っているんだと腹が立った。
「弟を性犯罪者にしてたまるかよっ!」
優鶴は叫んだ。自分の声が届かない煌にも、逃げてくれないオメガにもイライラした。ぬかるんだ地面で支えているため、ふくらはぎがつりそうになる。上半身と下半身が反る体勢のせいで、腰が折れるんじゃないかと思うほど痛かった。
「煌っ! しっかり……しろってっ!」
犯したくてたまらない男と犯されたくてたまらない男の狭間で、体力が徐々に奪われていく。オメガの男にシャツを引っ張られ、優鶴は後ろに倒れた。二人の下敷きになった男のみぞおちに優鶴の肘鉄が入ったらしく、オメガの男は地面の上で悶えた。
優鶴に覆いかぶさりながらも、煌は優鶴の背後で苦しむ男に手を伸ばそうとする。咄嗟に優鶴は胸ポケットのボールペンを引っ掴み、煌の腕にめいっぱいの力で突き立てた。
「ガッ、ア……ッ!」
煌の体が離れたので上半身を起こすと、煌は地面の上で身をよじらせてうずくまっていた。優鶴が刺したボールペンが、左腕に垂直に突き刺さっている。
「グ、ウ……ゥッ!」
暴れる本能を殺したいのか、煌は自身に痛みを与えるように刺さったボールペンを反対の手でさらにグッと自らの傷口に押しこんだ。ボールペンをえぐり抜き、雨針の打つ地面に捨てる。そして肩で息をしながら鬼の形相で立ち上がると、血まみれの腕を押さえながら公園の出口へ足を引きずって行った。
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