ベータの兄と運命を信じたくないアルファの弟

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***  自宅にたどり着くやいなや、煌は玄関でガクッと膝を折り、その場で倒れた。血まみれの腕をかばうことなく、先ほどと同じように「ハア、ハア……ッ」と腹の底から興奮を抑えようとする声を洩らしながら。  背中に手を添え、「大丈夫か」と弟に訊く。だが、まだオメガのフェロモンにあてられた状態なのか、煌は「ウゥッ、アアァア……ッ!」と獣声をあげながら三和土に額を打ちつけた。優鶴の声なんて聞こえていないようだ。  どうすれば――どうすればいいんだろう。優鶴は焦った。たまに薬局などでアルファの抑制剤が売られているものの、オメガのものほど浸透しているわけじゃない。こんなことになるなら通販で買い置きしておけばよかったと後悔するが、もう遅い。  こうしている間にも、煌の腕からは血がドクドクと溢れている。優鶴は救急車を呼ぼうと焦る手でスマホをバッグから取りだした。  すると、身悶える煌の手が飛んできて乱暴に背を向かせられた。首すじをベロリと熱い舌で舐められ、「ヒッ」と声が出る。ゾクッとしたのも一瞬だった。 「こ、れ……じゃねえ」  ドスの利いた声が耳の後ろで言う。振り返ろうとしたら、血まみれの手が前に伸びてきた。襟を掴んだ手にブチッとシャツの前を破かれ、ボタンが飛び散る。 「な……っ!」  煌は優鶴からシャツを剥ぎとると、シャツの背中部分に鼻をうずめ大きく息を吸った。そこには手形を描く泥がついていた。オメガの男が「犯して」と泣いてすがった部分だったと気づいた瞬間、優鶴は訳のわからないやるせなさに胸が騒いだ。  兄の目の前であることもお構いなしに、煌はズボンを下ろし、起立した自分の下半身をむき出しにした。そして優鶴のシャツを鼻で深く吸いこみながら、何度も何度も性器を上下に擦った。  理性を失った弟が繰り広げるオナニーショー。そのショッキングな光景に、優鶴はただ呆然とするしかなかった。いくらオメガのフェロモンにやられたからといって、ここまで理性を失うものだろうか。オメガが放つフェロモンの威力もさることながら、煌のあまりの変化に優鶴は戸惑った。  煌は鼻に押しつけたシャツを血で滲ませながら、優鶴の前で何度も射精し三和土に白い精を吐き散らした。それでも欲情した興奮は治まらないようだ。吐き出したものを潤滑油がわりにして、摩擦で赤黒くなった性器をねちゃねちゃと白い糸を引きながら擦っている。  苦しそうな煌を前に、優鶴は思った。本当にこれでよかったんだろうか、と。はじめは抵抗している様子だったオメガの男も、最終的には優鶴に対して『どけ』と言っていた。『犯して』と切なそうに煌に手を伸ばしていた。  痛々しくて、優鶴は大きな身体を抱きしめる。「煌……っ」震える声で呼ぶと、煌がフンフンと優鶴の身体じゅうの匂いを嗅いできた。オメガのフェロモンを探しているようだった。  優鶴はグッと奥歯を嚙みしめる。このとき、本気で思った。自分がオメガだったらよかったのに。そうすれば、今この瞬間、煌を助けることができるのに。
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