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煌が退院し、家族の通夜葬式を済ませたあと、優鶴は大学を辞めた。保険が降りたので当面の生活には困らなかったが、喪失感で大学の勉強に身が入らなかったというのが一番の理由だ。
中退したことを打ち明けたとき、煌は「ふざけんなよっ」と優鶴をなじった。正直に理由を説明すると煌が心配するかもしれないと思い、優鶴は「働いてみたくてさ」と笑って言った。
現在の職場を紹介してもらったのは、大学を辞めて半年経った頃だ。その当時、優鶴は何かから逃げるようにガソリンスタンドや居酒屋のアルバイトに明け暮れていた。
ある日のこと、四国に住む父方の大叔父が、出張のついでに線香をあげにきてくれた。もらった土産の菓子を仏壇の前に置いていると、大叔父は言った。
「今後、煌をどうするつもりでいるんだ?」
突然訊かれ、優鶴は言葉に詰まった。もちろん大叔父も煌が平沢家の人間でないことを知っている。両親も妹もいなくなり、優鶴と煌を兄弟だと証明する人はいない。
「とりあえず大学を卒業するまでは面倒みようかと……」
苦しまぎれに言うと、叔父は「アルファだったそうじゃないか」とため息をついた。
「もし煌がアルファ専門の大学に行きたいなんて言い出してみろ。金がかかるぞ」
現実を突きつけられ、優鶴はうっ……となった。高校まではアルファもベータもオメガも同じ教育を受けるが、大学にはより能力向上や専門知識を養うためのアルファ専門の大学がある。有能な教授や研究施設が整っているため、学費は一般的な私立大学の約二、三倍ともいわれている。
せっかくアルファとして生まれてきたのなら、煌にはその能力を活かしてほしい。学費はうんぬんとして、アルファ専門の大学の話を聞いて優鶴は純粋にそう思った。そのとき初めて、それまで感じていた喪失感を忘れることができた。『働きたい』とはっきり思ったのだった。
働く意思を見せた優鶴に、大叔父は意外な顔をしつつ応援すると言ってくれた。東京の会社でいくつか紹介できるところがあるらしく、後日優鶴はその中の一つ『ソフテミック』というパソコン機器の製造メーカーの面接を受けた。こうして現在、優鶴はそこの事務として働いている。
優鶴が前に進もうとする一方で、煌は家族が亡くなってからというもの、ほとんど外に出ようとはしなくなった。
高校の担任教師から煌が最近学校に来ていないことを電話で知らされたあと、夕飯のときに優鶴は煌を問い詰めた。
「無理に行けとは言わないけどさ、なんで行ってるなんてバレる嘘つくんだよ」
「あんただって俺にどうせバレる嘘ついて大学辞めただろ」
ずっと『兄ちゃん』や『兄貴』と呼ばれていたので、突然のあんた呼びに面食らった。
「お、俺のは嘘じゃないよ。本当に働きたいって思ったんだって」
反論すると、煌は箸を置いて「それ、自分のためかよ?」と顎をしゃくった。
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