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幼稚園の時までは、
「夜八時にはお布団に入りなさい」
とお母ちゃんから言われるので、九時には寝ていたのだが、一年生になってからは、少しだけ遅くまで起きていられるようになった。
何だか大人になったみたいで、寛ちゃんは少し得意気なのだ。
木曜日は、九時からの音楽番組をお布団に入ってお姉ちゃんと見る事に決まっている。
今週の一位はアイドルではない女の人の二人組。
「はい、ポーズ!」
司会者の一言で番組が終了した。
テレビを消すと部屋の中は豆電球のオレンジ色の灯だけで、いっぺんに寂しい感じがした。
さっきお父ちゃんが帰ってきたので、お母ちゃんはご飯の用意をして、お父ちゃんがお風呂に入るまでは、お布団に戻っては来ない。
「お姉ちゃん、もう寝たん? 」
不安を掻き消すように聞いてみる。
「寝てないけど、もう寝るよ。寛ちゃんも早よねぇや」
─うん
と答えて固く目を瞑る。
寛ちゃんは、台風が近づいたり、気圧が低くなると咳が止まらなくなって、夜も眠れないほどになる。
その時は俯せに寝た方が楽なので、それが癖になっていて、最近ではいつでも俯せで寝るようになってしまった。
どのくらい経ったろうか。目を瞑ってからも中々眠れなくて、寛ちゃんにとっては永遠とも思えるくらい長い時間(実際には数分しか経っていないのだが)をお布団の中でもぞもぞしながら過ごした。
やがて、ようやくウトウトとしかけた時の事。
─トントントン、トントントン、トントントトトン─
誰かが、足の裏を右左とリズムを付けながら踏んでいる。
思い過ごしかとも思ったのだが、暫く経ってからもまた
─トントントン、トントトトン、トントントトトン─
やっぱり、確かに誰かが寛ちゃんの足の裏を踏んでいるのだ。
お婆ちゃんが家に来ると、お母ちゃんがハンドルを持って、俯せに寝ているお婆ちゃんの背中にマッサージ器を当てる。
その時に寛ちゃんは、お婆ちゃんの足の裏を
─トントントン、トントントン─
と踏んであげるのだ。そしたら、お婆ちゃんは
─気持ちいいわあ
と、とても喜んでくれる。
その時と同じように、今、誰かが寛ちゃんの足の裏を踏んでいる。
お父ちゃんはご飯を食べている。お母ちゃんはお父ちゃんと一緒にいる。お姉ちゃんは寛ちゃんの隣で寝ている。
では、一体、寛ちゃんの足の裏を踏んでいるのは誰だろう?
──さては!──
と思い、目を開けて隣りを確認してみたが、お姉ちゃんはいつにないくらいスウスウと寝息を立てて寝ている。
やっぱり自分の思い過ごしなのだろうと無理やりに納得して、目を瞑りかけたところが、
─トントトトントン、トントン、トトントトントン、トントン─
とまた誰かが足を踏むのだ。
今、振り返ったら犯人を現行犯で捕まえられるかもしれないが、流石に怖くてそんな事はできっこない。
思案の結果、俯せになるのをやめて、横向けに寝ることにしたら、その後は誰かに足の裏を踏まれる事はなくなった。
だからと言ってそうそうすぐに眠れる訳もなく、用事を終えて戻ってきたお母ちゃんにくっついて、ようやく眠る事ができた。
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