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44 転移魔法
話を聞き終わったエドガーは唇を強く噛み締めた。
「私の頭の中を読み取って、国王陛下の部屋を攻撃したのか……ならば、陛下が亡くなったのは私のせいだ」
「違うわ! エドガー、気にしてはダメよ。全てディザストロのせいなのだから。岩に飲み込まれて頭の中を覗かれるなんて、誰にも防ぐことはできないわ」
私はエドガーの手を取り、元気づけようとした。エドガーは私の目を見て微笑んではくれたが、その表情には辛い影が読み取れた。
「あの日……魔獣が出たと聞いて討伐に出たんだ。いつもはちゃんとチームを組んで行くのだが、その時は領内のあちこちに出現していてね。皆を他へ行かせて私は一人でトラル山に向かった。一人でも大丈夫だという驕りがあったのだろう。そして頂上付近に着いた時、突然足元が崩れて岩の間に飲み込まれた。逃げ出そうともがいたが崩れた岩は私の頭の上で蠢き、そのまま閉じてしまった」
「最初からあなたを飲み込むつもりだったのね」
「最初は内部に隙間があった。だがしばらくすると足の方から徐々に岩に飲まれていって、抵抗しても岩の蠢きは止まることがなかった。そして最後に顔が埋もれ……意識を失った」
なんて恐ろしいんだろう。想像しただけで震えてしまう。真っ暗な中で岩に飲まれていく恐怖を、エドガーは一人で耐えなければならなかったのだ。
「あなたを飲み込んだディザストロは、私の家にあなたの姿になって訪ねて来たのよ。本当にそっくりだった。ただ、いつものエドガーとどこか違っていて違和感があったの」
平気で私を抱き締め、キスをしようとしたあの時のエドガー。彼が照れ屋だということをディザストロは知らなかったから。
(あっ……でもさっきは、二人とも照れたりすることなく抱き合ってしまったわ。喜びの方が勝っちゃって)
さっきの、私の涙を拭うエドガーの指、そして触れ合った頬の感触。今更ながら思い出して、恥ずかしく……ううん、恥ずかしくなんかない。心の底から嬉しくて、私たちは自然に抱き合っていた。きっと、キスってそんな気持ちの延長線上にあるんだろう。
「実はあの時、私の意識はディザストロの中にあったんだ」
そんな事を考えていた私はエドガーの言葉で現実に引き戻された。
「ええっ? あの時、エドガーも中にいたの?」
「ああ。アイリスの家でディザストロと君が会話している時、私も後ろから見ているような……そんな感覚だった。あいつが君にキスしようとした時は腹立たしくて必死に抵抗していたんだ。やめろ、ってね。でもどうすることもできなかった。だから君が断ってくれてホッとしたんだ」
エドガーは眉間に皺を寄せた。
「意識があったのはその時だけだ。もしかしたら、私は意識の無いまま何か恐ろしいことをしてしまっているんじゃないだろうか」
私はエドガーと繋いだ手に力を込め、俯いた悲しげな顔を見上げる。
「大丈夫よ、エドガー。あなたは何もしていないわ。ドラーゴを差し向けたのはディザストロなのよ。あなたは関係ないの。それより、これからのことを考えましょう」
「ありがとう、アイリス」
エドガーは顔を上げて優しく微笑んだ。
「アイリス! エレンたちがこっちに来るって言ってる」
精神感応でエレンに連絡を取っていたヒューイが言った。
「えっ? こっちに来るって、王宮は大丈夫なのかしら」
「エレンが転移魔法で王宮とここを繋ぐって。それならば一瞬でアンドリューも連れて来られる」
「そう。わかったわ。こちらでやる事はある?」
「ここに転移の出口となる魔法陣を展開して欲しい。僕が教えるから」
「なるほど、転移すればすぐにこちらに来られるのか」
エドガーが感心したように呟く。
ヒューイが教えてくれた呪文を唱えると、光とともに魔法陣が浮かび上がった。ヒューイとエドガーが見つめる中で魔法陣を展開していた私は、ふと心に引っかかりを感じた。
(……何かしら。何か、違和感がある……何だろう、このザワつく気持ちは……)
「アイリス、集中して! 陣が崩れてる」
「ごめんなさい、もう一度やるわ」
ヒューイに注意されて私は気持ちを切り替え、魔法陣を開いた。光がどんどん強くなり、やがて光の中に人の姿が現れた。
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