260人が本棚に入れています
本棚に追加
/58ページ
48 最初で最後の
「ぐぅっ……!」
矢は白い光を放ちながら、左胸に深く突き刺さった。そこから黒い瘴気が溢れ出てくる。私は走り寄ってその瘴気に手を翳し浄化の光を当てた。
「なぜ撃った? 僕はエドガーなのに、なぜ? 彼が死んでもいいのか」
胸を押さえ、低く苛立った声でディザストロが呻く。瘴気は私の浄化の光を飲み込もうとしてさらに溢れ出してくる。
「アイリス!」
「アイリス様!」
ようやく動けるようになったアンドリューと、エレンが私の側に来た。アンドリューは剣を構えて待機し、エレンは私と共に浄化を始める。ここで浄化してしまわないとディザストロはエドガーの身体を捨ててまたどこかへ行ってしまうだろう。私たちは一秒たりとも気を抜かず浄化の光を出し続けた。妖精族も精神感応を使って私やエレンに力を注いでくれている。
黒い霧と白い光が互いを飲み込もうと戦い続け、ついにディザストロが苦しげに地面に膝をついた。
「くそっ……人間の……聖女なんかに……」
胸に刺さった矢が、さらに眩しい光を放ち始めた。光は黒い霧を飲み込み、全身を包んでいく。
「ぐわあぁぁ……!」
ディザストロは胸を掻きむしって苦しみ、仰向けに倒れた。矢がパンと音を立てて弾け、傷口から黒い小さなモノが飛び出してきた。そのまま飛んで行こうとしたそれをアンドリューが剣で一刀両断にすると、か細く甲高い声を上げて消えていった。
「終わったのか……?」
辺りに立ち込めていた凶々しい空気は感じられなくなっていた。清浄な、朝の気配だけがそこにあった。
私は目を閉じているエドガーの顔を見つめる。その顔は青ざめてはいるが、いつものように美しい。だが、既に呼吸は止まっていた。
「エドガー……」
矢の傷口は浄化の光で塞がっている。私はエドガーの胸を押し始めた。もしかしたら、また心臓が動き出すのではないかと。
「エドガー、起きて……!」
グッ、グッと力を込めて何度も何度も、もう一度心臓が動き出し呼吸を始めるようにと。だけどそのサファイアの瞳が開くことは無かった。
「エドガー……もう一度目を覚まして……」
アデリンとして天寿を全うした後に生まれ変わり、今度こそ恋をしたいと思った。そしてエドガーに出会い、恋をし、結ばれることを夢見ていた。だけど今世でもその願いは叶うことはないというのか。
私は胸を押すのを止めてエドガーの頬を撫でた。まだ生きているかのように綺麗なその頬を。そして、愛を込めて最初で最後のキスをした。
(愛してるわ、エドガー……あなたがいないのなら私は修道院へ行く。一生、あなたのために祈り続ける)
初めて口付けたエドガーの唇は柔らかくて、そして冷たい。それが悲しくて涙が溢れて止まらなかった。私はエドガーの胸に縋りつき、すすり泣いた。
どのくらい時間が経ったのだろう。いや、もしかしたら一瞬だったのかもしれない。私はトクン……という微かな響きを感じた。
(これは……私の心音? それとも)
もう一度しっかりと胸に耳を押し当ててみる。トクン……トクン……エドガーの心臓から音がしている! 私は起き上がってエドガーの顔を見た。
「エドガー?」
アンドリューとエレンも心配そうに見守る中、瞼が少しずつ開き、春の海のように穏やかな青い瞳が見えた。
「……エドガー!」
弱々しくはあったがエドガーは微笑んだ。
「アイリス……」
ゆっくりと手を上げ、私の頬に触れる。
「ごめんね、また泣かせてしまったね……」
私は頬に触れたエドガーの手に自分の手を重ねて頬を押し当て、泣き笑いをしながら言った。
「そうよ、エドガー……もう一生分泣いたわ。これ以上泣かせたら許さないんだから……」
最初のコメントを投稿しよう!