1.疎通の扉を通る。

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1.疎通の扉を通る。

 皆さんは焚書(ふんしょ)、そして、壺中(こちゅう)(てん)という2つの言葉を知っているだろうか?ちなみにだが、この2つは意味が全くもって違う。  焚書(ふんしょ)とは組織や社会にとって不利益である機密データや書物を焼き払うこと。昔、ある国で実際に行われており、その悲惨さを嘆いた者からは『本を焼く者はやがて人間さえも焼くようになるだろう』という悲しげな言葉を歴史上に残している。…そしてもう1つ。  壺中(こちゅう)(てん)とは別世界という意味を表し、多くの物で溢れている世界のことを差している。  さて、ここから言いたいのはその壺中の天というのが現実の…いわば人間界であり、もう1つの世界…”書物”が溢れている世界があると言うのなら。そんな世界があると言うのだったら? …というよりも、実際にこの世界には。  そういう世界があり、仮にもしも”書物”に”感情”が存在するとしたら…恐らく”書物”は壺中の天、人間界へ行きたがるであろう。  …なぜなら自分達が焼かれなくて済むのだから。 「ゆたか~! 一緒に帰ろ~ぜ~!」 「今日は付き合ってもらうぞ~! このシスコンめ!」  学校が終わった帰り道。数人の男子生徒が1人の青年に戯れ、茶化すように言い放っては誘っている。…彼らは知っているのだ。この青年がこのようなことで怒らないというのを。 「あはは…シスコンって」  友人たちの楽しげな声と共に発せられた”シスコン”という言葉に溜息を吐くのはクラスの皆から頼りにされていて、クラスのリーダー的存在の志郎(しろう) (ゆたか)。さすがにシスコン呼ばわりをされて多少の憤りと呆れを感じさせるが、彼らに悪気はなく、悪意も何もないのは十分分かっている。そんな友人たちの投げかけに豊は彼らの誘いをやんわりと断った。 「ごめん! 妹の看病に行くんだ~。…また今度誘ってくれないか?」  事情は知っているがさすがに妹の看病に行きすぎなのではと思うほど、豊は事故に遭った妹の看病に通っている。この誘いを断るのも何度目だろうか?  そんな不満げな彼らに豊は少し苦笑をしつつも自慢げに話し出すのだ。 「もうちょっとで治りそう…だからさ! そしたら遊べるし! …妹が回復したらお前らに妹の可愛さを見せつけてやるよ? 俺の妹は可愛いし美人だぞ~?」  大切で大事な存在である妹のこととなると、途端に流暢な喋りを見せる豊にげんなりとする者も居れば、逆に興味を示す者も居る。だから冗談を吹っ掛ける者だって居るのだ。 「うわぁ~! 出たよ、豊の妹ちゃん自慢! …でも興味はあるんだよな~!…今度、俺に紹介してあわよくば彼女に―」 「やっぱお前に紹介すんのな~し! …さっ、行ってくるから! じゃね~!」 「おい~! 豊~!!!?」  嘆き悲しむ友人達をよそに、豊は病院へと足を向けた。 「えっと…。花は昨日買ったし…、あとは…何だろう? …でも。あんなこと言ったけど…まだ目が覚めないんだよな。ははっ…」  乾いた笑いと共に豊は病院へと歩を進める。少し前までは元気であった妹は事故により植物状態となってしまった。愛している妹は呼吸をしているが動くことはない。豊は交通事故を起こした容疑者へ深い憤りと共に、金は要らないから妹を…小夜(さよ)を目覚めて欲しいくらいであった。  両親達はもう諦め掛けているが豊はまだ諦めてはいない。だが…こんなにも通っているのに自分の自慢で大好きな最愛の妹はまだ目を覚まさない。覚ますことが無いのだ。そんな暗く不安を抱くような気持ちを持っていると…雨が降って来たのか、瞳から雨粒が降り注いだ。 「ズッ…。ズビッ…! …ダメだな、こんな姿見せちゃいけない! 小夜が悲しむ! …小夜は絶対に意識を…取り戻…す…って、なんか燃えてる?」  泣きべそを掻いてしまう自分自身に羞恥を抱きつつ勇もうとすれば…今度は目の前に燃えてる”何か”が目に留まった。それは道端にあり燃え盛っていたので彼は慌てた。 「これで俺が見過ごしたら大変なことになるじゃん! とりあえず!!! 火を消して…」  豊はリュックから水筒を取り出して消火活動に励む。大きかった炎は段々と小さくなっていき炎は消えてしまった。安堵をして豊はこのまま去ろうとするのだが、燃えカスになってしまった”何か”が気になって仕方がない。だから彼は…何かそれに触れてしまった。 『助けてくれてありがとうございます』 「…誰が言ってんの?」  誰かが自分に話し掛けているのかと周囲を見てみるが分からない。そんな彼にその声は言葉を紡いでいく。 『私があなたを導きます。…さあこちらへ』  声がする方を見ればその誰かが豊に話し掛ける。すると辺りは真っ暗に包み込まれた。すると”誰か”では無く”何か”が先ほどの焼かれてしまった姿から変化させたのである。…本の姿になって。  ”疎通”の書と書かれていた本はヒラヒラと蝶のように飛んでから豊の姿から消えてしまったのだが、同時に辺りも光が見えてきた。 「夢、だったのかな? とりあえず病院に行って―」 「ここには君の知っている人は居ないと思うけど?」  その声に驚いた豊が見た光景は…先ほど居た場所では無かった。というよりもここはどこだろうか?それに見かけない人達も居る。だから豊は話しかけてきた男性に疑問をぶつけた。 「えっ、どこ、ここ! それに…あなた達は?」  現れた4人の人間のうち眼鏡を掛けた男性は微笑んでいる。すると彼は唖然、呆然とする豊に意味が分からない言葉を紡ぐのだ。 「君が壺中の天の人間だね? 僕はルーク・アリディル・ジェシー。…君がここに来られたのは”疎通”の書と呼ばれる”書物”のおかげだよ? …君が特別な人間の証だね」  …いや、答えになっていないのですが?  だから彼は首を傾げている。そして口に出した。 「何を言って? …それに、壺中の天? “疎通”の書? 何が何だが俺にはさっぱり―」 「そんな君にやってもらいたいことがある」  突飛な言葉を言うかと思えば話をどんどん進めていく”ルーク”と呼ばれた人物に豊は困惑する。だがさらにルークは衝撃的な言葉を言い渡し、豊を驚かせるのだ。 「君を本の管理もとい焼却をする仕事…焚書士(ふんしょし)として僕らに力を貸してほしいんだ」 「……はい?」  唖然とする豊にそれでもルークは微笑んでいた。
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