第一話『王子様』

10/10
前へ
/251ページ
次へ
鉄平(てつひら)が巻き込まれたら大変だからよ、せめて駅までは一緒に行こうと思っててな。物騒な話は不安を煽るだけだし内緒で送りたかったんだが…」  久土和(くどわ)の話で今、自分の中で大きな感情が動き始めた。それを実感する瞬間の僅か後で、そんな元音を前に久土和は再び口を開いていた。 「隠密行動は俺には向いてねえな、はははっ!」 『ドキュ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!!!!!!』 (す……すてき!!!!!!!!!!)  瞬間恋に落ちているのを感じた。もはやこれは疑いようもない。元音はそれまで持っていた彼へのこれまでの無の感情に一気に別れを告げ、久土和勝旺という男に膨大な恋心という感情を持ち始めていた。 (めっちゃ優しいじゃん……)  ドクンドクンと心臓の音は速く波打ち、元音の顔はいつの間にか真っ赤に染まっている。  つまりだ。まだカツアゲの連中が懲りずに校内にいるかもしれない為、いまだ学校に残っている元音に危害が及ぶ可能性があると彼は考えたのだろう。  そして不安にさせまいと久土和は元音にカツアゲの件を悟られないよう静かに安全な駅まで送り届けようと思っていたのだ。  だからこそ元音が教室を出るまで待ち続け、聞きたい事があるなどと言う嘘で元音の不安を起こらせまいとしていた。  きっと彼は教室に残っていたのが誰だろうと同じ事をしたのだろう。それはどんな相手でも助けようと考える優しい心を持つ人間に思える。見返りを求めようとしない彼の行動には…… (久土和、久土和くん…優しくて気遣いもあって女の子の事まで考えてくれてて……まるで…………)  そう、これはまるで…… (王子様……!!!!!!!)  元音は長年求め続けていた王子様という存在を、この久土和にすっかり当てはめ、ようやく自身の求める王子様という存在を見つけ出せた事に強い喜びを感じていた。元音の中で久土和という王子様が見事誕生し、彼へのロックオンが確定する。 「とりま次は気を付けるわ、すまんな鉄平」  そう言うと何も気付いていないであろう久土和はもう一度明るく笑ってこちらに「じゃあ行こうぜ!!」と声を出し今度こそ教室を出る。そんな彼の背中を――いや、逞しく愛おしいその背中を見つめながら元音は心の中で叫ぶのであった。 (久土和くん、大好き!!!)  恋をして数秒。それでも元音は久土和勝旺(かつお)にこれでもかと言うほどの恋心を芽生えさせていた。 第一話『王子様』終                 next→第二話
/251ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加