第二十三話『ハイパーミラクルスペース級急展開』

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 元音(もとね)が教室に入った時にはすでに久土和(くどわ)雨宮(あめみや)と楽しそうに会話をしていたので、あえて話しかける事はしていなかった。  久土和と四六時中話したいという感情はどんな時でも持っているが、彼が楽しい状況を壊す事は元音の本望ではなかったからだ。 「久土和くん、あのねっわたし…」  足を踏み出して彼に近付く。夏休みデートのお誘いをここでしようと今決めていたからだ。  しかしそこで元音は足元に落ちていた一枚の紙に気づく事が出来ず踏み込んだ瞬間、足を滑らせる。このまま前方にいる久土和の方へ倒れられれば幸せな事この上ないのだが、残念ながら元音が倒れる先は後ろ側だ。  転倒先を自身で制御できるはずもなく、元音は勢いのまま後ろに倒れそうになる。すると一瞬で元音の視界は真っ白になっていた。 「平ちゃん、大丈夫か?」  気が付けば元音は廊下に倒れ、しかし自身に痛みは全くなかった。頭を打ちつけた感覚もなく元音の体はどこも痛みを伴っていない。  それは、目の前にいる久土和が全ての痛みを受けもってくれていたからだった。  久土和は元音が転ぶ直前に元音の体を自身の体で包み込み、元音の衝撃を抑えたのだ。  つまり、彼が元音の代わりに廊下に叩きつけられたという事になる。並の人間にできる動きではない瞬発力だ。久土和は抱えたままの元音をゆっくり床に寝かし、自身の胸元から解放すると、両腕を床に伸ばした状態で元音を見下ろしている体勢が生まれる。  そんな元音は心配で彼を見上げるも、久土和は全く平気そうな表情をしてこちらを見ていた。むしろ彼の方がこちらを心配しているような、そんな目つきだ。 「だい……じょうぶ」  久土和が無事と分かった途端、元音は感動していた。自分は今、彼に押し倒されているような状況だ。  これはまさにロマンスのような構図ではなかろうか。久土和と目が合いながら、その久土和に元音は押し倒されている。 (これは……王子様に助けられてからの床ドン…ラッキーシチュエーション! ハイパーミラクルスペース級急展開……!!!)  元音は自分の目を煌めかせながら、感激の眼差しで久土和の瞳を見上げるのであった。
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