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「久土和先輩! タオルどうぞ!!」
部活の時間が終了すると、雲園は迅速な動きで大量のタオルを手に持ち、一番に久土和の元へ向かう。
柔道部でマネージャーが部員にタオルを渡す光景は見たことがあるのだが、雲園が久土和にそれを渡す姿は見たくなかった。
「お! サンキューな! 入ったばっかなのに行動がはええな!」
「ありがとうございます! これからもタオルお渡ししていきますね!」
そう言って和やかな会話をしている二人の様子にハラハラとした気持ちで見守ることしかできない。乱入したい気持ちは強くあれど、これは部活動の一環だ。ただの見学者である元音がでしゃばるのは久土和に迷惑がかかってしまう。
雲園は久土和と言葉を交わした後すぐに他の部員にもタオルを渡しに行く。それにホッとする自分がいた。落ち着かない見学の時間は過ぎていき、見学時間が終わる頃には元音の心は疲れ切っていた。
(こんなに楽しくない見学……初めて…)
部活が始まる時、久土和がこちらに手を振ってくれたことは唯一嬉しかった。
しかし今日は部活の内容もいつも以上にハードであり、久土和も話し掛ける余裕がなさそうだった。
こちらは見学なのだから話し掛ける必要がないのも承知の上なのだが、久土和の性格からして何かしらアクションをしてくれる事は多かったのだ。
だが今回は彼も余裕がないようで接触の時間はその最初の場面だけであり、元音は気持ちが沈んでいた。
雲園の件がなければ話せなくても久土和のかっこいい姿に見惚れて満足していたに違いないのだが、彼女の存在が現れた事で驚くくらいに気分が下がっているのだ。
「鉄平さん、今日はもう終わりだから一緒に上まで行こうか」
「……はいっ」
すると隣にいた斉藤に話し掛けられ、元音は彼女の声に同意する。
「雲園さんもタオル配りありがとう。これからやる事教えるからついてきてくれるかな」
「分かりました!」
斉藤は雲園にも声を掛け、そのまま体育館を後にする。
元音、斉藤、雲園と奇妙な三人の組み合わせの中、斉藤が率先して話を振ってくる間で元音は雲園を警戒することしかできなかった。
雲園は斉藤がいる手前であろう、言葉にこそ出さなかったが勝ち誇ったような表情でこちらに視線を向けてくるのであった。
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