第二十七話『特別』

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 久土和(くどわ)の様子は雲園(くもぞの)と対照的に異なっていた。  彼は眉根を寄せて不快そうな顔をする事もなく、青ざめた顔を見せる事もなく、こちらに抗議の目を向けてくる事も一切なく、ただいつものように明るい様子で友好的な視線を向けてくれていた。  太陽のように眩しい笑顔で、彼は楽しそうに明るい調子で元音(もとね)を見てくれているのだ。それを肌で実感し、元音は胸が熱くなっていた。  久土和はお人好しどころの話ではない。  彼は天然でこの状況を理解しておらず、元音が偶然ここにいると思っている訳ではない。彼は現に気付いているのだ。  元音が何故ここで一人立っているのか、雲園だけでなく久土和もしっかり理解できている筈である。しかしそれでも、そうだと分かっていても変わらず優しい笑みを見せてくれる久土和の態度で元音は心が満たされていく。  久土和がどうして元音の異常な好意に嫌な素振りを見せないのかは元音でも分かっていない。  彼にとっての嫌な事が何に当てはまるのか、それは半年間彼を見続けてきた元音でもまだ理解に及んでいないところであった。  だが分からなくとも、久土和が社交辞令で平気でもないのに平気だと言う男ではない事はもうよく理解していた。だからこそ目の前にある彼の笑顔は本物なのだと、都合の良い解釈ではないのだと自信を持ってそう思える。 「平ちゃん腹減ってねえか? どっか入るか?」  久土和は数秒の間の後、いつもの調子でそう口にしてくる。彼は笑っており、本当にいつもの久土和と何一つ変わらない様子だ。 「えっ」  しかしそこでずっとこちらを凝視し、顔面蒼白させていた雲園が反応を見せた。  彼女は心底驚いた様子で久土和の方を見上げ、再び口を開く。 「待ってください久土和先輩。鉄平先輩が何してたか分かってますよね?」
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