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『あのですね、振られたからじゃあマネやめますってそんな無責任な事私がすると思いますか? 先輩ならするんでしょうけど、私はマネは続けます。久土和先輩はもう関係ありません』
『ふうん……諦めるって決まったらわたしなら辞めるけど、辞めないんだ』
―――――――無責任って言葉に反応なしかよ。
『面白くないって言われても私の人生なんで、先輩に言われる筋合いないです』
『まあそりゃそうだよね』
―――――――いや、素直すぎ。そこ否定しないんかい。
『え、きもちわる……』
『王子様がずっと理想だったから、久土和くんを王子様って思えるようになってわたしすごく人生が楽しいんだよね』
―――――――何度でも言うけど、気持ち悪すぎる。
鉄平元音はおかしい。
こちらがどんなに棘のある言い方をしても、あの女はこちらの暴言を全く気にしないのだ。
悔しくてたまらなくて出た負け惜しみの言葉さえも、彼女のダメージには一切響かなかった。鉄平が嫌味に気付いていない訳はないのに、彼女はこちらの中傷にこれっぽっちも興味がないのだ。
あの女が気にしている事は大好きな久土和の事のみで、それ以外は心底どうでもいいのだと、それが伝わってきてしまっていた。
『先輩より絶対幸せになります』
応援なんてしたくない。
あの先輩には絶対に負けたくない。
絶対にあの女よりいい男を見つけて幸せになってみせる。
そんな競争心であの言葉を放った。鉄平元音が、それをどうでもいいと思っている事に気付いていながら、言わずにはいられなかった。
あの人は多分、幸せであろうがなかろうが、久土和と共にいられればそれでいいのだろうと彼女の姿勢を見ていてそう思った。言ってしまえば、世界が滅んでも久土和さえいればあの女はそれで何一つ不満を持たなくなるのだ。
そう言う気持ちの悪い性格をしているのだ。本当にイカれた頭をしている。
人間どんなに好きな人がいても、それだけでは生きてはいけない。辛い時、悲しい時、苦しい時、好きな人の力は確かに支えになるが、それでも苦しい時は苦しい。雲園はそう思う。
だが鉄平は、そうは思っていない。久土和勝旺という一人の男がいれば何でも出来ると思ってしまうそんな女なのだ。
それを羨ましいと認めて仕舞えば、いよいよ雲園は敗者になる。
(絶対あなたより幸せになりますから)
雲園は最後の負け惜しみを鉄平の背中に心の中で放ちながら、今やるべきマネージャーの仕事を再開するのだった。
* * *
第二十九話『ライバルの退場』終
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