第一話『王子様』

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「おはよーっ」  学校に到着すると元音(もとね)の挨拶で数人の友人が声を返してくれる。元音はそのまま自席へ辿り着くと鞄を机に置いて筆記用具を出し始めた。 「ねえ元音。聞いた? 二組のマドンナ、彼氏できたんだって!!!」 「へえ〜」  続けてそうなんだと声を発すると話を持ち掛けてきた友人――新島(あらしま)可菜良(かなら)は楽しそうに話を続けてくる。だが正直元音はその話題に興味がなかった。  友人の恋バナというならともかく、名前しか知らない相手の恋の話など楽しくもない。自分が恋愛に無縁な事もあるせいか、楽しい気持ちでその類の話を聞く事は出来なかった。  しかし楽しそうに話してくる可菜良を邪険にする事もしたくはなく、そのまま彼女の話に耳を傾ける。 「誰とくっつくのかなって前から空名(くな)と話してたんだけど、まさか年上とはねー」 「年上なんだ」  興味はないのだが、質問でもしないと元音が全く関心を持っていない事が露見してしまうだろう。そう思い、元音は誰もが口にしそうな疑問を考え可菜良に言葉を向ける。 「そうそう! しかも演劇部の部長だったの!!! イケメンだしお似合いだよね〜いいな〜素敵」 「へえ〜いいね!」  盛り上がりを見せ続ける可菜良とは反対に元音の気持ちは通常運転のままであった。  イケメンと付き合えるマドンナが羨ましいとは思わないし、マドンナに彼氏が出来た事も全く嬉しくはない。  第一、学校の誰もがマドンナと認めるその女子学生――大江(おおえ)美憂乃(みゆの)は元音とは全く接点もなければ会話すらした事のない人物なのだ。  そんな彼女に関して元音が関心を向ける事はなく、ただ芸能人のように有名な彼女の名前だけを一方的に知っているという、単にそれだけの存在だ。 (わたしも早く彼氏欲しい〜)  しかし恋人が出来たというマドンナに対してこれだけは感じていた。彼氏がいる事が羨ましいと。  まあ恋人がいる全ての女性に対して思う事ではあるのだが、やはり元音は王子様――すなわち恋人と呼べる存在が欲しくて仕方なかった。
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