第一話『王子様』

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「もっちゃん、放課後なんかあるの?」  放課後になり、皆が教室を出ていく中クラスメイトの山木(やまき)空名(くな)に話しかけられる。元音(もとね)が席を立たず帰る支度すらもしていないのが気になったのだろう。 「宿題終わらせてから帰ろうと思って。家だとゲームしちゃうからさ〜」  そう言って笑みを溢すと空名も笑みを返し「なる! ゲームどこまで進んだか今度教えてね!」と口に出してからこちらに手を振り教室を後にしていった。  元音が乙女ゲームを始めたのは空名の影響だ。同じクラスの彼女は時々話す友人でもあり、よくオススメのゲームを教えてくれる。なんでもゲーマーらしい。  どのようなジャンルのゲームも楽しんで遊ぶという彼女は、王子様を求め続ける元音に顔の良い王子が多数登場する今回のゲームを勧めてきたのだ。  彼女の厚意は有り難かったが、結局王子様は見つからなかった。そもそも二次元は対象外の為見つかるはずはなかったのである。  しかし日々の退屈な時間潰しにはなっており、ゲームの王子にときめきこそしないものの内容自体は楽しい為、空名とゲームの話をする時間は好きだった。 (さっさと宿題終わらせて家に帰ろう)  頭を切り替え、元音は教科書を開く。  得意分野である地理や化学から取り掛かり、宿題を始めて一時間が経過した頃だった。  元音以外誰もいない教室の扉がガラッと開かれると、もう一人の生徒の声が耳に響いてきた。 「お? 鉄平いんのか」 「久土和(くどわ)……忘れ物?」 「おう! スマホ忘れちってな!」  元音の問い掛けにニカリと歯を見せて笑うこの男は同じクラスの生徒だ。久土和勝旺(かつお)。体格が良く、一言で表すなら『ザ・筋肉』の男である。柔道部に所属し見た目がとてつもないほどにイカつい。  しかしツリ目で目つきの悪い強面なその外見に比べ中身は温厚であり、クラスには彼とよく話をする生徒が多数いる。顔立ちは整っている訳ではないが、彼はよく笑うクラスの人気者で明るい男だ。  だが元音の理想とは程遠い存在であり、彼を恋愛対象として見た事はもちろん一度もない。
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