少年とカーネーション

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その少年は、母と二人暮らしであった。 母は朝から晩まで働き、女手一つで少年を七つまで育ててきた。 その大事な母になにか恩返しをしたい、そう思って少年は、ありったけのお小遣いを持って朝早くから花屋に出かけた。 ******* 今日が母の日ということもあり、花屋には色とりどりのカーネーションが並んでいた。 「おかあさんはどの色がいちばん喜ぶだろう」 そう少年が店主に尋ねた。 店主はこういった。 「そりゃあ立派な赤いカーネーションだろう」 「お前のおかあさんはすごく立派な人だからね」 言われたとおり少年は赤いカーネーションを三本の花束にして買っていった。 お小遣いを使い切ったことは、特に気にしていなかった。 ******* 家へ帰る途中、少年はともだちの少女に出会った。 「やぁ、こんにちは」 「こんにちは。とってもすてきなお花ね」 「おかあさんに買っていくんだ。今日は母の日だろう」 「そういえばそうね。私もママにわたしたいわ」 「ねぇ、一本だけ私にゆずってくれないかしら」 少年は一本だけならいいかと思い、カーネーションを一本だけ花束から抜き取った。 「ありがとう」 少女は嬉しそうに、大事そうにそれを握って、家へ帰っていった。 ******* 家へ帰る途中、少年は病気がちの青年と出会った。 「こんにちは」 「やぁ、こんにちは。体は平気かい?」 「今日は少し調子がいいんだ」 「そうか、それは良かった」 「それより、すごく素敵な花だね。君が買ったのかい?」 「あぁ、そうだよ。おかあさんにあげるんだ」 「いいなぁ、うちも迷惑かけてばかりだしなぁ」 「ぼくに一本くれないか。母さんに恩返し代わりでわたしたいんだ」 少年は一本だけならいいかと思い、カーネーションを一本だけ花束から抜き取った。 「どうもありがとう」 病気がちの青年は嬉しそうに笑い、家へとゆっくり歩いていった。 ******* 最後の一本になってしまったカーネーションを見つめながら、少年は家へ帰った。 「ただいま、おかあさん」 「おかえりなさい」 母はゆっくりと振り返った。 少年は背中に隠していた一本だけのカーネーションを、母に渡した。 母は、驚いたような顔をして、笑った。 次の年、またひとつ成長した少年が、ありったけのお小遣いを握りしめて花屋へ走っていた。
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