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その少年は、母と二人暮らしであった。
母は朝から晩まで働き、女手一つで少年を七つまで育ててきた。
その大事な母になにか恩返しをしたい、そう思って少年は、ありったけのお小遣いを持って朝早くから花屋に出かけた。
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今日が母の日ということもあり、花屋には色とりどりのカーネーションが並んでいた。
「おかあさんはどの色がいちばん喜ぶだろう」
そう少年が店主に尋ねた。
店主はこういった。
「そりゃあ立派な赤いカーネーションだろう」
「お前のおかあさんはすごく立派な人だからね」
言われたとおり少年は赤いカーネーションを三本の花束にして買っていった。
お小遣いを使い切ったことは、特に気にしていなかった。
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家へ帰る途中、少年はともだちの少女に出会った。
「やぁ、こんにちは」
「こんにちは。とってもすてきなお花ね」
「おかあさんに買っていくんだ。今日は母の日だろう」
「そういえばそうね。私もママにわたしたいわ」
「ねぇ、一本だけ私にゆずってくれないかしら」
少年は一本だけならいいかと思い、カーネーションを一本だけ花束から抜き取った。
「ありがとう」
少女は嬉しそうに、大事そうにそれを握って、家へ帰っていった。
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家へ帰る途中、少年は病気がちの青年と出会った。
「こんにちは」
「やぁ、こんにちは。体は平気かい?」
「今日は少し調子がいいんだ」
「そうか、それは良かった」
「それより、すごく素敵な花だね。君が買ったのかい?」
「あぁ、そうだよ。おかあさんにあげるんだ」
「いいなぁ、うちも迷惑かけてばかりだしなぁ」
「ぼくに一本くれないか。母さんに恩返し代わりでわたしたいんだ」
少年は一本だけならいいかと思い、カーネーションを一本だけ花束から抜き取った。
「どうもありがとう」
病気がちの青年は嬉しそうに笑い、家へとゆっくり歩いていった。
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最後の一本になってしまったカーネーションを見つめながら、少年は家へ帰った。
「ただいま、おかあさん」
「おかえりなさい」
母はゆっくりと振り返った。
少年は背中に隠していた一本だけのカーネーションを、母に渡した。
母は、驚いたような顔をして、笑った。
次の年、またひとつ成長した少年が、ありったけのお小遣いを握りしめて花屋へ走っていた。
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