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 縁側に出ると陽が暮れかかっていた。昼間と違い辺りは夏だというのに肌寒い。  危ないからといづるに手を引かれ僕はドキドキする。繋いだその指先は冷たかった。  都会と違ってネオンが少ない田舎は星が沢山見える。僕らはよくその星を頼りに夜道を散歩して回り、家族を心配させた。 「……こうしてると昔の事を思い出すね」 「葵はよく迷子になったからなあ」 「え~? いづる君だって迷子になったじゃないか」 「俺はいいんだよ。地元だからさ。地形もわかってるし」 「わかってても迷子になったじゃん」 「あれは、葵を驚かそうとして隠れてたんだよ」  「え~。ひっどいなぁ」  あははと笑いながらたわいもない話をする。何気ない日常がこんなにも大切だったのだと今更ながらに思い知る。  このひと時の時間を止めて欲しい。いづると僕の時間をどうか奪わないで欲しい。 「僕がもしいなくなったら……皆悲しむかな?」 「一時の感情でそんなこと言っちゃいけないだろ?」 「……じゃあ……最後にお願い聞いて」 「……ああ」 「キスして」  いづるは瞠目した。そうだよね。びっくりするよね。 「初めてのキスはいづる君とって決めてたんだ」 「……俺でいいのか?」 「ばかっ! いづる君がいいんだよ。いづる君でなきゃ嫌なんだよ」  ついに涙が溢れてしまった。 「な……泣かないでおこうって思って……でも」  涙でくしゃくしゃになった僕をいづるは抱き寄せてくれた。 「後悔するなよ」   「……するわけないよ」  切なげな表情でいづるが僕を見つめる。  僕が目を閉じるとふわりと唇に冷たい感触があたる。  ほんの一瞬だけど永遠に感じた時間だった。 「いづる……好きだよ……好きなんだ。うう……」  あとからあとから涙が流れ落ちてくる。もうとめるすべすら見つからない。 「葵。……ごめん」 「っ。……なんで。あの日外に出たの? 台風だったじゃない。それに地盤が緩かったなんて聞いてないっ」 「葵と一緒に植えた野菜が気になったんだ」 「なにそれ? ……いづる君らしいよ……」 「次に会うまでに無事に育った苗を見せたかったんだ」 「……っ。そんな……」  これ以上はもう口に出せなかった。いづると一緒に耕した場所は土砂崩れにあい、今は土の中だ。強い雨風と緩んだ地層でその一帯は地形が変わってしまった。大型の台風上陸のせいで救助も遅れ、いづるが見つかったのは数日たってからだった。 「葵。身体には気を付けるんだぞ。お前はすぐに熱を出すから」 「僕はもう子供じゃないよ」 「そうだな。立派な青年になった」 「……いづる君」 「葵は綺麗だよ。身も心も」  なんてこと言うんだ。だめだ。言わないでおこうと思った言葉が出てしまう。 「僕もっ……僕も一緒に……」 「葵っ。お前が……やるべき事をすべて終えて、それでも俺と共に逝きたいというのなら、その時はいつでも連れて逝ってやる」  そうだ。僕はいづるの研究を引き継ぐって決めたんだ。いづるの夢は僕の夢でもあるんだ。 「……うん」 「いつでも見守っているからな」 「……うん」  白檀の匂いがほのかに漂う。送り火が焚かれたようだった。 「そろそろ逝くよ」 「約束して。来年もまたここで会おうって」 「わかった。来年もまた会おう」 「……僕達遠距離恋愛みたいだね」 「必ず還ってくるよ」 「うん」  僕はあふれる涙のまま、笑顔でいづるを見送った。 END
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