10がつ

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・高校時代の帰り道の思い出の話 「男女の友情は成立するのか」 大学生のころ、この話題で何度も何度も盛り上がっていました。周りの人間は。翻って自分はどうだったかというと「する、というか、した」というスタンスだったので、あまり盛り上がれずにいたものでした。 という事を職場の同じ部署のリーダーに話したところ(残業中で集中力が切れ、雑談にふけっていました)、「その話、くわしく」と言われました。「長くなりますが」と前置きをして、思い出話をしました。話していて少し感慨深くなったので、ここにも書いておこうかなと思います。 当時、高校3年生だったかと思います。当時は狂信的な吹奏楽部部員だったので、受験生にも関わらず、コンクールが終わった二学期も、文化祭の練習でクラブ通いでした。たしか文化祭が終わると引退という事になって、いよいよ勉強に本腰を入れて、という感じだったと思います。本腰を入れるのが遅いよと言われましたが、確かにその通りだなと思いました。よくも親は何も言わなかったなと思いますが、ひょっとしたら言われていたかもしれません。 文化祭なのでポップスの練習をするわけで、コンクールに比べると肩の力はだいぶ抜けますが、それでもまじめに練習していたと思います。そうさせていたのは当時部長だったMが、練習に妥協を許さないタイプだったので、やる気のある部員はMに追従されていく形で、やる気のない部員はMに威圧されて、とにかくみんなで頑張っていたわけです。 とにかく、そういう感じで練習をしていました。ある日、部室の掃除か何かで帰るのが遅くなった日がありました。といっても二学期が始まってすぐくらいなので、まだ空は明るかったと思います。さて帰って勉強するかと部室をでたところで、Mと会いました。Mは藪から棒に言いました。 「福永、帰り? 一緒に帰ろうや」  なんて事のない誘いだと思われると思うんですが、これには滅茶苦茶びっくりしました。なぜびっくりしたかと言うと、Mとは中学から6年間同じ部活でやってきたのですが、そういう事を言われたのは初めてだったこと。もう一つはわたしが、お互い折り合いが良くないと思っていたからです。なぜそう思ったかというと、中学の時に読書感想画(本を読んで、それの絵を描く)の課題で、わたしは「くたばれかあちゃん!」という本を読んで絵を描いたのですが、それを見たMはわたしをみて「お前がくたばれ」と言うくらいの折り合いの悪さでした(わたしは育ちが良いのでなにも言い返しませんでした)。 でも思い返してみたら、高校入学にあたってMから「吹奏楽部に入るか軽音楽部に入るか迷っている。軽音楽部が楽しかったから、そっちのほうに心が傾いている」と相談されたこともあったので、Mはわたしが思っているよりは、わたしのことを信頼していたのかもしれません。その時のわたしはこれを逃すまいと「Mの後悔しない選択をすれば良いよ」と暗に軽音楽部を勧めたのですが、それを聞いていた親から(携帯ではなく家の電話に掛かってきていたので親も聞いていた)「そういうことを言ってほしくて電話をかけてきたのではないと思うよ」と怒られたこともありました。Mは吹奏楽部に入りました。 とにかく、「一緒に帰ろう」と誘われたことにあまりにもびっくりしすぎて「おあっ、えっ、えっ」みたいな陰キャムーブをしているうちに一緒に帰る流れになりました。先程あげたエピソードがあまりにも印象が悪すぎますが、一緒に帰ってるときは、普通の話をしていました。文化祭でやる曲の演出について話し合っていたと思います。 それがどういう流れになったのか、進路の話になっていました。 「A大学の音楽科に行って、音楽の教師になる。それで母校の吹奏楽部の顧問になる」 Mは静かにそう言って、福永は? と尋ねました。そのときはなあーんにも考えてなかったので「なあーんにも考えてない」としか答えられませんでした。将来のことまでしっかり考えていてすげえなあと思ったのを覚えています。 「じゃあその時になったら、チューバの講師になってよ」 「おあっ、えっ、うん」 勢い肯定したけれど、それはそれで悪くないだろうなと思っていました。Mは当時のわたしから見て、真面目に音楽に向かい合ってる感じがしていて、そこはすごいなと思っていましたし、そういう人から自分の楽器について評価されているのは誇らしく思っていました。 その時にふと思ったのですが、折り合いが悪いだけでわたしはMのことを結構尊敬しているんだなと思いました。 「Mのこと、結構尊敬してるかもしれん」  当時のわたしは陰キャの癖に思ったことをなんでも口に出して言っていたので(それが原因で後にクラスの中で村八分になることになるのですが、それは別の話)、Mは大層驚いた様子でした。 「意外。おんなじようなこと考えてたわ」 おたがい少し恥ずかしくなって、そこからしばらく黙っていました。何か言った方が良い? と聞こうとした時に、目の前に人が立っていました。 「おっ、若人、良い雰囲気やねえ、付き合ってるんか? ええ?」 ぼさぼさの白髪に星形サングラスをかけた老人が、わたしたち二人の前に立っていました。その老人は「ヒューヒュージジイ」と呼ばれ、小学生から高校生まで、男女二人で歩いていると交際しているのかどうかとちょっかいをかける都市伝説のような人でした。 わたしとMは、そんな都市伝説と相見えたことに少し同様しました。 「えっ、どうやねん、付き合ってるんか?」 同じことを二回聞かれて、お互いに冷静さを取り戻し「違います」と声をそろえて言いました。 「こいつは、」とMだけが続けました。「楽器が吹けるだけの奴です。見ての通りの陰キャで、しょうもないし、よくわからないゲームばっかりしてるし、髪はボサボサで汚いし、練習もそんなにしないし、恋愛対象にはなりません」 「この人も恋愛対象にはなりません」とわたしも続きました。「中学の時に20人いた同期の同じ部員の半分をいじめみたいな嫌がらせでやめさせたやつで、楽器がうまい以外は気があんまり合わないので、付き合うとかそういうことは、ちょっと」 「……なんや、付き合っとらへんのか」とヒューヒュージジイは(今から思えば酷い渾名)意外に簡単に引き下がりました。「そんな、恥ずかしいわ。おっちゃん、恥ずかしくて顔から火ィ吹きそうや」 さっきまであんなにノリノリだった高齢者が顔を真っ赤にしていくのを見て、なんだか悪いことをした気になりましたが、実際、お互いが恋愛対象になっていないのでどうしようもありませんでした。 「こんな、うわー、恥ずかしい。何回早とちりしたら気ィすむんやろ。うわー、嫌やわあ。ほんま、穴があったら入りたい。なんやこれ、こんな恥ずかしいこと、耐えられへん。この恥、耐えられへん恥を、この恥辱を、屈辱を、熱に変えて、燃やし、灼き、地平を朱に、染めよ」 その言葉と共にヒューヒュージジイの身体はみるみる膨れ上がり、顔は折り紙の赤色みたいに人間がなるはずもない色になっていました。 「やばいっ!」  わたしとMは二人でヒューヒュージジイから走って逃げようとしました。いやでも逃げられへんやろと頭の片隅で冷静になっている自分がいて、その冷静な自分が、ヒューヒュージジイの恥ずかしさを取り除いたら何とかなるのでは? と思いつきました。 「とは言っても!」わたしは振り返り叫びました。ヒューヒュージジイの顔はもう3メートルくらいの高さにあって、聞こえてるかどうかは不安でした。 「やっぱりMは楽器も上手いし、顔も整ってるし、一緒に歩いてて悪い気分はしないなーって思ったりしますよ! 本当に!」 その言葉を聞いたヒューヒュージジイの身体は膨らむの止めました。ヒューヒュージジイは「本当に?」と尋ねました。 「本当に」とわたしが答える前に、Mはヒューヒュージジイの膨れ上がったお腹に蹴りを入れました。風船みたいになったヒューヒュージジイはバランスを崩して転び、転がっていきました。 「ああ~……」情けない声と共にヒューヒュージジイの身体は蒸気を吹いてどんどん縮んでいきました。「行くで」とMはわたしの袖を引っ張って彼にかまわず帰ろうとしました。わたしはちょっと悪いことをしたなと思いながらもMについていきました。罪悪感から振り返ってみましたが、彼はどこかに転がって行ってしまい、姿は見えなくなっていました。 そこから足早に歩いていき、最後の分かれ道に来た時に「それじゃ」と家に帰ろうとしたら「不審者でたんやぞ家の前まで送れアホ」と怒られたのでMの家のマンションの前までついていきました。 Mはマンションの前で「さっきジジイに言った言葉、本気?」と聞きました。「まさか」と言うとMは「良かった。そんな風に見られてたら、気持ち悪いもんな」と言って「今のままの関係が一番ええわ」と付け加えました。「同感」とわたしは鼻で笑いました。それからMはマンションに入っていき、わたしは家に帰りました。 Mとじっくり話したのは確かそれが最後でした。翌日に同じクラスの連中に「Mと一緒に帰ってたけど、付き合ってるの?」と揶揄われたりしましたが「ヒューヒュージジイと脳内同じで草」みたいなことを言ってしまって自身の村八分を決定的なものにしました。 文化祭はつつがなく終わり、Mは指定校推薦で第一希望の大学に入っていきました。わたしはわたしで親から勧められた大学に受かって、受験勉強に懲り懲りになっていたので、その大学にいきました。お互い大学生になってからは一度会う機会はありませんでした。高校で最後に何を話したかも忘れましたし、今なにをしてるかも知りません。 ただ、その時に感じていたものは、Mが言った「今のままの関係」は、間違いなく友情だったと思っています、それを自覚したのはかなり短い期間でしたけど。 というわけで、男女の友情は成立してたんですよ。とリーダーに言いました。 リーダーは腕を組んで静かに話を聞いていてくれましたが、大きな溜息を吐いて「どこまでが本当?」と尋ねました。 Mという人がいたこと、一緒に帰ったこと、翌日クラスメイトに揶揄われたのは本当、ヒューヒュージジイとヒューヒュージジイが自爆しそうになったのは嘘、村八分になったのは半分本当で、本当は中学時代からハブられていた、と伝えました。 リーダーは「それは茶化して良い思い出だったのか?」と尋ねました。 「ダメでしょうね」と答えるとリーダーは鼻で笑って何かを独り言ちて、再び記録を書き始めました。それをみてわたしも記録を書き始めました。書きながら、どうしてこんなしょうもないことをいったのだろう、と自問していました。 おわり
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