31人が本棚に入れています
本棚に追加
そう、今この瞬間も。
私たちふたりは肩を並べ、海を渡る夕日を眺めている。
地元でも有名な海岸だ。
本土の海岸から対岸の小島へ向けて、まっすぐ海を走る道がある。
本土と小島を結ぶその道は、特別な道だ。
いつでも、はいどうぞ、とひらかれているわけではない。
干潮のときにだけ姿を現す。向こう岸へ歩いて渡ることができる。
潮が満ちれば、道は波に呑まれて消える。
自宅から歩いて40分のこの海岸を訪れたのは、この子がどんな顔で特別な海を眺めるのか、興味があったからだ。
「渉が5歳の頃だ。一度、連れて来てやったことがあるんだが覚えてないか」
私の問いに考える素振りを見せた孫は、ややあって首を横に振った。
「そのときは、お前のお父さんもお母さんも一緒だったんだが……なあ渉、そろそろ両親に会いたいんじゃないか?」
「今はいい。向こうにとっては、俺がいないほうがいいんだろうし」
鋭い視線を向けられ、私は苦笑する。
思ったより根が深い。
どう話を続けたものか考えあぐねていると、渉の指先がすっと海へ向かった。
「ねえ、じいちゃん。あれってさ。潮の満ち引きで道が現れたり、消えたりするんだよね。看板にトンボロ現象って書いてあった」
「よく見ていたね。そう、どこかの国の言葉らしい。私はあんまり好かないけどね。響きがどうも風情がない」
「じゃあさ、虫の蜻蛉に、道路の路と書いてみたら? 蜻蛉の道」
「ほう」
「もっといいのも思いついたよ。おぼろ道」
私は感心した。
今まさに剥き出しの道は、ぼんやりと不確かでおぼろげだ。
最初のコメントを投稿しよう!