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「もう月が出てる」
黄昏に浮かぶ月はどこか遠い。
渉の呟きを受けて、私は何か気の利いたことを言わなければと気負った。
「知ってるか、渉。潮の満ち引きは、月の引力によって起きるんだよ。月が天の頂に来たときにね、海水が引っ張られて盛り上がる。それで海水が満ちるんだ」
「それ、小学生のときに習ったよ。満潮になるのは月が真上に来たときと、月が地球の裏側にまわったときなんだよね。だから満潮は1日2回」
「なんだ。よく勉強してるじゃないか……」
私は肩透かしを食らって、得意げに話した自分が恥ずかしくなった。
軽く咳払いをして、渉の背中をポンと叩く。
「さて、そろそろ帰ろうか。阿津子さん…….おばあちゃんも待ってるしね」
「うん」
渉は私に促されるまま海に背を向けようとし、その一瞬、びくっと肩を揺らした。
どうしたのか尋ねようとすると、彼はぱっと身をひるがえして足早に海岸から遠ざかってしまう。
呆気に取られつつ、私は孫の後ろ姿を追いかけた。
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