1 夜会の想い出

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1 夜会の想い出

+ + + + + ☆道に迷った時のまじない  針よ導け、羽よ運べ。行くべき道を指し示せ。 ・できればターコイズを用いたダウジングを行うと良い。 ・髪、コインなどでも代用できるが、熟練者は不要である。 + + + + + 「どうしましょう…完全に迷子だわ…」  男爵令嬢であるヴィヴィアーナ・フィオレは、デビュタントで挨拶をした時以来王宮に来たことがない。  見慣れぬ王宮の、同じような扉がいくつも続く廊下で完全に迷子になってしまった。    彼女は地味ではあるが王宮の夜会に出席するには最低限の礼儀を弁えたドレスを身に着け、小さなイヤリングを揺らして主の元へと廊下を急いでいた。  まだデビュタントから半年足らず。幼さの残る彼女には臨機応変に対処するということが難しかった。  早くホールに戻らなければきっと主に怒られるだろう。  ヴィヴィアーナは侯爵令嬢であるルチア・ベルニーニ付きの侍女として行儀見習い中だ。  あまり人前に出たくないのが本音だが、「妹分」として連れ回されることが多い。  今日も「貴女に華やかな王宮の夜会を見せてあげるわ」と言われたが、彼女の目的はきっと別の所にあるはずだ。  ヴィヴィアーナは廊下の突き当りまでやって来ると歩みを止め、きょろきょろと見回した。  曲がり角から先はどこか様子が違う。男爵令嬢ごときが入っていい場所ではない、そんな厳かな雰囲気があった。  きっとこの先は違う。来た道を少し戻ると、彼女は「仕方ないわ…」とつぶやいた。  それから小さな声で、誰にも聞こえないように何かを囁いた。 「二つ目の角を曲がればよかったのね」  ホールへの道がわかったのか、安堵の表情に変わる。一歩踏み出そうとしたとき、誰もいないと思っていた後ろから声がかかった。  低く、どこか声に咎めるような調子が含まれている。 「誰だお前は」  不自然なほどに驚いたヴィヴィアーナが慌てて振り向くと、そこにいたのはあろうことかこの国の第三王子、レナート・ヴァルディだった。彼は騎士団に所属し城の警備も担っている。  彼女を不審人物とでも思っているのか、睨むような目つきに思わず怯んでしまった。  急いで淑女の礼を取る。彼の足元が見え、今日は騎士の制服ではなく盛装をしているのに気づいた。  王族に対し自分から発言をするわけにはいかない。彼女は顔を伏せたまま怯えるしかなかった。 「どちらの令嬢だ。招待状は?」  今日は警備ではないというのに、たった一人こんな場所をうろつく人物に対し完全に警戒態勢に入る。相手がいくらか弱い令嬢であっても、人はいくらでも仮面を被れるものだ。  ヴィヴィアーナは声が喉につかえてうまく出せないが、なんとか震える声を絞り出した。 「ふぃ…フィオレ男爵の娘、ヴィヴィアーナにございます。招待状は主が所持しておりますので、手元にはございません」 「男爵家がなぜ王宮の夜会に…いやフィオレ…ヴィヴィアーナ…半年ほど前のデビュタントにいた者か?」  彼は職務上人を覚えるのが得意だ。特に意識していなくても、名前と顔を一度で一致させるのには長けていた。 「顔を上げよ」 「はい…」  ゆっくりとヴィヴィアーナが顔を上げると、頭上にあるレナ―トの青い目が見えた。直視するようなはしたない事をしてしまい、すぐ視線を彼の襟元辺りまで下げる。 「やはり。覚えているぞ。あの日黒目黒髪の娘は一人しかいなかった。白のドレスに白い素肌、黒い髪と瞳…小振りの百合の髪飾りがとても似合って…」  そこまで言ってレナートは咳払いした。  白と黒のコントラストが印象的だったことは間違いないが、そんな詳細に姿を覚えていることに自分でも驚いた。しかも白い素肌だとか似合ってだとか、兄と違い日常的に女性を褒めるようなことはしない彼にしては珍しい言い方だった。  現に、目の前の令嬢の顔が真っ赤になっている。 「失礼。どうしてこのような場所に?この先は招待客がうろつけるような場所ではない。もっと手前に守衛がいたはずだが?」 「申し訳ございません。控室からホールに戻る際、曲がり角を間違えたようでございます。大変失礼いたしました」 「王宮は不慣れなのだろう?主は誰だ?」 「ルチア・ベルニーニ侯爵令嬢でございます」  名前を聞いたレナートは、なぜか眉を寄せ「ああ…」と言った。顔見知りなのだろうか。 「わかった。以後気を付けてくれれば咎めることはしない。次からは主から離れるなよ」  そう言った後、彼は恐縮するヴィヴィアーナになぜか手を差し出した。  こう言う場で紳士が淑女に対して手を差し出した場合、どうするものかはわかっている。だがまさか王子自らが手を差し出すとは思いもせず、固まってしまう。 「ホールまでエスコートしよう。あまりうろうろされても困るからな」 「そんな殿下のお手を煩わせるような…」  レナートが片方の眉を上げ怪訝な顔をする。  淑女に差し出した手が取られないとは、紳士の恥になってしまう。 「…身に余る光栄にございます…」  か細い声で礼を述べると、指先がほんの少し触れる程度に乗せる。恐れ多くて触れる面積を減らしたかったのに、彼女の小さな手はごつごつとした大きな手に包まれてしまった。  そのまま腕に導かれ、彼女が腕を取るとレナートは連れだってホールを目指した。    ヴィヴィアーナはすっと姿勢よく歩く隣の王子をこっそり見上げた。  三兄弟の末の弟だが、一番背が高く筋骨逞しい。  短い金髪は後ろに撫でつけられ、ほんの少しだけ長い襟足は細いリボンでくくられていた。  兄弟の顔立ちは皆似ていて美形であるのは違いないが、彼はその体格に違わず表情が険しく、愛想笑いもしないので若い令嬢からは怖がられる傾向にあった。    なまじ顔の良い兄のように言い寄る令嬢がいないのは好都合なので、柔和な表情などあえて浮かべるようなことはしない。  見上げていると、ふと彼女を見たレナートと目が合ってしまった。  慌てて目を逸らしたら、頭上の王子がふっと笑ったような気がした。  逸らした目線の先に、廊下に並ぶ装飾用の鏡がある。  もう前を向いてしまった王子の横顔は、珍しいことにほのかな笑みが湛えられている気がした。    鏡越しならじっと見つめていてもばれない気がしたが、数歩進めばもうただの白亜の壁になってしまった。  そのまま無言でホールまで連れて行かれる。時間にして二分程度だったが、自分からは遠い存在である事実と先ほどの微笑に緊張してしまい、すっかり息が上がってしまっていた。 「ベルニーニ侯爵令嬢は…ああ、いたな。もう大丈夫か?」 「はい…っ。レナート殿下、ありがとうございました…」  彼はごく自然にヴィヴィアーナの手に軽くキスをすると、そのまま兄の元まで行ってしまった。一瞬自分の身分と主のことが頭から抜け、ぼんやりしてしまいそうになる。  ただそんな侍女の姿を主が見逃すわけがない。 「あらヴィヴィアーナ。あなた姿が見えないと思ったらいつの間にレナート殿下にお近づきになったの?」  
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