5 森の魔女

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   戻る途中、少し下流の方にも倒れている兵士を見つけたが、生憎彼は息絶えていた。  兵士の装備を漁ると、甲冑の下の服のポケットから女性物のハンカチが見つかった。  出兵する兵士に恋人が贈ったものかもしれない。 「辛かったわね。あとで埋葬するから、少し待っていてね」  彼女は鞄にハンカチをしまうと、家に戻り必要な物を持って、怪我をした兵士の元へ戻った。  目が覚めた時に自分の存在を知られるのは良くない。  だから連れて帰ることはできない。  外套を取ると毛布を被せてやり、傍に水の入ったコップとビスケットを置いた。手には、先程亡くなっていた兵士から取ったハンカチを握らせた。 「私は帰るけど頑張ってね。きっとあなたを待っている人がいるわ」  彼女はそう言うと労わるように兵士の頭を一つ撫で、ギアンダに目が覚めるまで傍にいるようお願いし、帰宅した。  帰宅するとすぐに埋葬準備に取り掛かる。  森で息絶えた人間は、そのまま放置されると稀に亡霊となりさ迷うことがある。  さらにそれを放置すると、いつの間にか悪いものになってしまうことがあった。  そうなるともうリリアナの手には負えない。 然るべき職業の人間…例えば聖職者等が対応する他ない。  リリアナは“墓地”までやって来ると、穴を掘り始めた。大人一人分の穴を掘るのは意外と重労働だ。  掘り始めた穴の横には5つの石が並んでおり、魔除けの飾りが置いてあった。兵士が持っていた剣や鎧も、それぞれの墓に添えてある。  リリアナは森で不運にも亡くなった人を見つけると、身元を表わすものがないか探した後、ここに埋葬していた。  身元がわかりそうなものを見つけると、こっそりと街に行った時にそれとなく街の警備隊詰所の前に落としてくる。拾ってもらえれば、もしかしたら持ち主の縁者まで届くかもしれないから。  一生懸命穴を掘っていると、一匹、また一匹とキツネが現れた。彼らは穴を掘っているとよく手伝いに来てくれる。一匹が掘れる穴などたかが知れているが、数匹集まると心強い。何より、死に関わる暗い作業を一人黙々とこなさなくて良いことに救われる。  数時間かけてやっと大人一人のサイズになると、皮の敷物を持って死体の元へと戻った。  皮に乗せ、死体を運び、穴に落とすと土を被せる。  死体にほんの僅かに残った残留思念から感じるのは、「会いたい」という気持ち。恐らくあのハンカチの送り主だろう。  母に会いたい気持ちを思い出し、土を被せながらポロポロと涙が溢れてくる。  土を被せ終えると、手ごろな大きさの川石を置き、その上に魔除けと、この国の最小硬貨、1ビナ硬貨を3枚置いた。  死者の国に渡るための渡し賃。  この国の一般的な埋葬法ではなく、魔女の指南書にあった方法だ。   「死者の王よ。どうかこの者が迷わずあなたの元に行けますように。死出の旅路が、穏やかでありますように。お疲れ様、どうか安らかに。悪いものになってはダメよ」  目元をぬぐいつつ家に戻ろうと振り返れば、地面にリベルが降り立っていた。  彼はこういう時には必ず付き添ってくれる。  リリアナが腕を伸ばせば、重さなどないかのように一つ羽ばたき腕にとまった。 「ちょっとだけぎゅってさせて」  知らない者であれ死者を送るのは母を思い出してしまい哀しい。ましてや彼女は残留思念まで感じてしまうことがあり、より一層それが深まる。  そんな時母に抱きしめられた温もりを思い出すが、ここに彼女を抱きしめてくれる人間はいない。  寂しい時、彼女はいつもリベルを抱きしめることで気を紛らわせた。  あまり強く抱きしめると翼を傷めてしまいそうなので、体温を感じる程度にそっと包み込む。 「リベル、あったかいね。生きてるね。ありがとう」 「ホー」  腕を上げると、リベルは小屋の方へと飛んで行った。  小屋に戻り、水瓶から汲んだ水で土を洗い流したリリアナは、下着姿になるとそのまま手作りの粗末なベッドに潜り込んだ。もうすぐ夜が明けるが、疲れと悲しみから逃れるように毛布を被った。  しばらくして、寝返りをうった彼女の毛布がずれてしまう。  だけど彼女は気づかず静かな寝息をたてている。  夏が近づいているとは言え、何もかけなければ肌寒い。  そんな彼女の毛布を拾い、かけて直してやる者がいた。  白い手袋をはめた、茶色い執事服の若い男性。  主の顔を覗き込めば、伏せたまつ毛にまだ涙の名残がある。  胸ポケットから出した白いハンカチでそっとそれを押さえると、彼女は僅かに身じろぎした。  もう涙が流れていないことを確認すると、彼は静かに家を出る。  そしてリリアナが手当てした傷ついた兵士の監視するために、音もなく飛び立っていった。
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