138人が本棚に入れています
本棚に追加
6 してしまった再会
+ + + + +
第二条:罰則
一、 魔女及び魔女術を行った者は、法に従い以下の罰を受けるものとする。
・(a)追放
・(b)流刑
・(c)悪質な場合において、火刑
第三条:魔女の存在の否認
一、 魔女の存在そのものが、国家において認められない。
二、この法律により、魔女は社会的地位を持たないものとされ、その名前及び詳細な身分情報は国家によって抹消される。
+ + + + +
太陽が昇り、いつもなら目が覚めているリリアナも、今日はまだすやすやと眠っていた。
「ホー」
リベルがそんな彼女を起こそうと一声鳴くも、優しく低い梟の鳴き声で目覚める様子はない。
「ホーホー」
二回鳴いたところで結果は同じで、彼は仕方なく枕元に降り立つと、彼女の豊かに波打つ黒髪をひと房ついばんで、くいくいと引っ張った。
「ん…ねむい…おはようリベル、どうしたの?」
「ホー」
「ほー…」
リリアナは一瞬目を開けどうしたの?と聞いたにも関わらず、二度寝してしまう。
そんな主の額を嘴でカリカリと軽く噛む。
「ん~…どうしたのりべる」
さっきと同じセリフを言う主がもう寝ないように、胸の上に飛び乗ると毛布を足で掴み一気に引きはがした。
「うぅ…おはようリベル、何かあったの?」
今度は目覚めてくれたようで、身を起こしたリリアナはそう聞きながら窓から外を見た。太陽が思ったより上の位置で、すっかり寝坊したようだ。
「ホーホー」
「あの兵士起きたのね。大丈夫そう?」
「ホー」
「そう。じゃあ家に帰ってもらわないとね」
そう言うと、彼女はいつかレナートにしたのと同じ、迷子の呪文を唱える。
これで迷わず森を抜けるはずだ。
出口まではギアンダが見守ってくれるはず。自力で動けるならもう大丈夫だろう。
森の外では、すぐ近くの国境線で戦が始まってしばらく経つ。
その争いの音はここまでは届かないが、何かと人間に付きまとうのが好きな妖精が色々話しているのは耳に入る。
森の中をうろつく「よくないもの」も死の気配を感じるのか、以前より多く蠢いているのを感じた。
今この森は間違いなく危険な場所だ。
昨夜のような敗走兵は、自分を見失って何をするかわからない。
死んだ兵士は運が悪ければすぐにその身を悪いものに乗っ取られることだってある。
「少し魔除けを増やした方がいいかもしれないわね」
彼女は木の実と簡単なスープ、そして保存のきく固いパンで朝食を済ませると、作り置きしておいた護符を持って森を見て回ることにした。
道中花を摘んで昨日の墓に行くと、コインが消えていた。死者の王がその魂を引き取ってくれたのだろう。
自分がよく行くエリアを回りながら、以前置いた護符を確認する。中には壊れて効力のなくなっているものがいくつかあった。
経年劣化で壊れたのではない。焼き切れたように破壊されているそれは、間違いなく何かが故意に壊したか、あるいは意図せずとも壊すような力が働いてしまったということだろう。
護符を取り換え、また歩き出した道すがら、生活に必要な物や護符作りに必要なもの、食べ物などを集めていく。
家に戻れば、小さな畑を手入れしたり、魚を釣ったり、護符を作ったり…
彼女の時間はこうして過ぎていく。
毎日が生きるための行動で満たされていた。
護符は森の中で自分の身を守るために使うだけではない。
他にも“お守り”を作ると、彼女は時折街に出てそれを雑貨屋に卸していた。
“お守り”は恋に効くものや、健康や安全を願うものなど、いずれも街の若い女性が好きそうなものだ。
綺麗な刺繍を入れた小さな袋の中に、いかにもそれらしいハーブと石が入っている。
ハーブはともかく、石は本当にその辺の小石だ。それらしい文字が刻まれているが、実は意味はない。
大事なのは袋の方で、色の強い刺繍に目が行き勝ちだが、布地と同じ色で刺された刺繍がそれぞれの効果を期待したまじないになっている。
あまり手が込みすぎて、それらしくなってしまうと「本当に魔女が作ったのでは」と疑われてしまう。
だが見た目の可愛いものであれば実は巷に類似品が溢れていた。
この国は魔女を恐れるが、元を辿れば魔女の秘術に辿り着くようなおまじないを、都合よく受け入れている部分があった。
雑貨屋や、月末の市場に並ぶ怪しい露店には、けっこうなそれらしい品が並ぶのだ。
勿論ほぼ偽物なのだが。
リリアナが作ったお守りは、僅かだがどれも本当に効果がある。
恋のお守りならば、自分を磨いて告白する勇気を持たせる。健康のお守りならば、健康になるような生活を心がける。旅の安全を祈願するのなら、道中の邪悪なものを遠ざける。
基本的に自分の意識を前向きにさせるもので、努力の後押しをするような内容だ。
それ以上は過干渉になるし、誰かの命運を捻じ曲げてしまうことにも繋がる。
ルチアに求められたときに彼女は咄嗟に告白する勇気を持たせるまじないを渡したが、その方針は今もずっと変わらなかった。
傷ついた兵士を助けてから数日。
その僅かな間にも負傷兵が迷い混んでくる。そんな彼らをこっそり手当しては、帰るべき場所へと帰した。
中には手当も空しく亡くなった者もいる。
お墓の数は、あれから二つ増え全部で八つとなった。
十年も無駄な戦いをしている間に、大地は本来ならばどれほどの実りを与えてくれただろうか。
この地に執着する両国の王は、何かに取り憑かれているようにさえ感じる。
政治のことはそこまではわからないが、こんな無駄死にに意味があるとはとても思えなかった。
最初のコメントを投稿しよう!