6 してしまった再会

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 明け方近く、ようやくレナ―トは目を覚ました。  目の前には燻っている焚火があり、自分は毛皮の上にうつぶせに寝かされていた。  顔だけ動かし周囲を伺うと木の幹で女がうたたねしている。  どうやら死ななかったらしい。  あの女は俺を助けたのか?  確か矢を四、五本は受けていた気がする。  試しに体を動かそうとすれば、鋭い痛みが走った。 「ぐっ…クソっ…」  思わずうめき声が漏れ悪態をついてしまう。  そこで、寝ていた女と目が合った。 「ん……お目覚めですか!?」  彼は目の前の女が誰なのかすぐに気づいた。  どういうことだ!?  なぜ死んだはずのヴィヴィアーナがここにいる?  いや、もしかして自分が死んだのか?    俺は兄の代わりに囮になって敵をひきつけ、そして想像以上の猛攻に部下も失い森へと逃れたはず。その際に背中に矢を受け…  まさかヴィヴィアーナがこの森で生きていて、自分を助けたのだろうか?  だとしても相当な怪我だったはず。少女一人で一体どんな手当を? 「君は…まさか…?」  女がさっとフードで顔を隠そうとしたが既に遅い。  あの白い素肌に黒い目、忘れようもない。 「ヴィヴィアーナ嬢なのか?」 「……」  彼女は答えない。その代わり、「傷を確認しますね」と言ってレナートの毛布をはいだ。 「矢が刺さっていたはずだ。どうやって手当をした?」 「殿下、傷に触ります。お静かに…」 「どうやったと聞いている!君はヴィヴィアーナだろう!?」  一つの可能性に不安を感じそう聞けば、彼女は手にしていた物を落とし一目散にどこかへ行ってしまった。ドアの音が聞こえたので、彼女の家がすぐ近くにあるのかもしれない。 「どういうことだ…まさか彼女が生きていたとは」  セリフの後半は掠れてしまった。酷く喉が渇いていた。軽く咳払いをするも、喉の渇きが収まるわけではない。  頭を動かしたが、彼女が落とした手当の道具が落ちているだけだった。  布を切り裂いて作った包帯。それに緑色の何かが入った瓶。 「どうしよう。殿下はお怒りの様子だわ…」  家の方から彼女の声が聞こえた。誰かと話している。  まさかこの森には他に生きている者がいて、それによって彼女は助かったのだろうか。  令嬢がこんな所で一人生き残れるはずはない。何かおかしい。だが生きていてくれたのか…そんな相反する気持ちが心でせめぎ合う。 「きっと私がもう死んでいるとお思いなのよ。顔を見せるべきじゃなかったわ…」 「ホーホ?」  ん?  今返事をしたのは梟か?梟を相手に話しているとでも言うのか? 「そんなこと言わないで。せっかく生きていて下さったのだから」  ややあって、家のドアから彼女がこちらを覗いているのが見えた。 「すまないが、水を貰えないだろうか」  どこか彼女を疑う気持ちが拭えないが、喉の渇きも限界だ。  掠れた声でそう言うと、彼女は一度部屋に戻り水差しを持ってきた。  自力で起き上がれないのが情けないが、彼女はレナートの上半身を抱えると、頭を腕で支え上体を起こしてくれた。  そのまま水差しごと口元に運ぶと、レナートの飲み込む調子に合わせ傾けてくれる。  すーっと冷たい水が喉にしみていき、生きた実感が湧いてきた。   「…取り乱してすまなかった。ありがとう、人心地ついた。怪我は君が手当てをしてくれたのか?」  無言で彼女が頷いた。 「君は死んだものと思っていた…まさか生きているとは思わなかった…どうやって暮らしていたのだ?」  だが彼女はやはり答えない。  浮かんだ一つの可能性がどんどんはっきりとしてくる。  まさか、本当に…いやでもそんなことが現実にあるのだろうか。 「君はもしかして…もしかして本当に魔女なのか?」  レナートは魔女の術についてはほとんど信じていない。  もう人々の前で魔女術が行われたのはかなり昔のこと。  建国神話に魔女の祖先である呪術師の話は出てくるが、そんな奇跡本当にあったかなんてわからない。  魔女の烙印を押された者たちも、牢で奇妙な術など何一つやった記録がない。  だが王室にとって魔女は悪だ。  二百年前、一つの王朝を終わらせた魔女の存在は王家にとって最大限警戒しなければいけない大敵。それは事実なのだ。  術が本物だろうとインチキだろうと、存在自体があってはいけないもの。そう教育されてきた。  あの日ルチアが言った“まじない”が本物だとしたら。  この森で生き残ったのが、彼女が魔女としてその(すべ)を知っていたからだとしたら。    そこでレナートはある事に気づいた。  彼女は最後まで魔女であることを否定しなかったではないか。 「君は魔女なんだな?」  返事をしないリリアナに、念を押すように問う。  あの日ダンスの相手をしてくれた優しい声音とは違う、軍人らしい威圧感のある声。  リリアナの心がすっと暗くなった。  もしかしたら、レナート殿下ならわかって下さるのかもしれない、そう期待していた部分が少なからずあったから。  彼女はフードの顔を伏せたまま、小さく「はい」と答えた。  やはり。  彼女らが本当のところどんな術を使うのかは知らないが、伝説の通りなら森で生き抜くことくらい容易いだろう。なんなら動けないレナートを苦しめることも簡単に殺すこともできるはずだ。  急にレナートの中に怒りにも似た感情が沸いた。  そうではないと信じていたのに、だからこそ逃がしてやりたいとも思っていたのに。  あんなにあどけない笑みを浮かべ、楽しそうにダンスをしていたというのに、王家を害する忌まわしき系譜だったとは。  デビュタントの時にしていた髪飾り、純粋無垢の象徴百合の花が、レナートの脳内で急速に枯れ萎んでいく光景が浮かんだ。  裏切られた気持ちだった。 「あの、傷を…」 「必要ない」 「でも…」 「必要ない!お前には失望した…魔女の施しなどいらぬ」  彼女の表情は見えない。  彼女も怒りに駆られて自分を殺そうとするだろうか?  恨みに生き地獄を味わわせる?  視界の隅に深紅の外套が翻るのが見えた。  どこかへ駆けていく音は、家とは違う方向へ消えて行った。
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