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耳元に主の声が聞こえはっと現実に引き戻された。
ああ、これではまたいつものように彼女の玩具にされるだろう。
主であるルチアは扇子で口元を隠しはするものの、会話を隠す気はないのか周囲には丸聞こえだ。
「あなたみたいな地味な子が、どうやって殿下の気を惹いたのかしら?まさかそんな子供みたいな体を使ったわけじゃあないわよね?」
取り巻きの令嬢からクスクスと笑い声が聞こえてくる。
若いどこかの子息たちがヴィヴィアーナの胸から腰にかけて遠慮なく見ている。
ヴィヴィアーナはレナートと話した時とは別の羞恥に俯くしかない。
「まあ見てリンゴみたいに真っ赤になってるわ。こんな子が女の武器の使い方なんて知るわけないわね。ねえ誰か、うちの無知な侍女のためにオトナの武器について教えてあげて?」
ヴィヴィアーナの体を見ていた男たちの視線が、冷やかしから一転、獣じみたものに変わった。
その様子を、少し離れた場所でレナートの兄、第二王子のカルロが見ていた。容姿端麗な第二王子は令嬢の憧れの的。
「レナート、夜会に相応しくない会話を好む令嬢がいらっしゃるようです」
「そのようですね」
「なんですか?あなたが珍しく女性をエスコートしていたので興味あるのかと思いましたが」
「迷子を連れて来ただけですよ」
「なるほど、レナートはああいう庇護欲を誘うご令嬢が好みと…さすが騎士ですね」
「兄上」
「冗談ですよ。ですがあの紳士たちは冗談で済ませますかね?」
「……行ってまいります」
レナートがルチアと取り巻きの近くまで来る。気づいた周囲の貴族が、ただならぬ雰囲気に気づきさっと道を開けた。
「今武器がどうとか聞こえたが?この国で俺以上に武器に詳しい者がいるとはな。何の話だ?剣か?槍か?」
「レナート殿下っ!?」
まさか聞いていたとは知らなかったルチアが、流石に驚いて固まる。
だが比較的王宮でも力ある父を持つ侯爵令嬢が、そんな程度で怯むはずもない。
「先ほどは侍女がお世話になったようで。お礼が遅くなってしまい申し訳ございませんわ。殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう…あら、曲が変わりましたのね。殿下、よろしかったら一曲いかがでしょうか?」
ルチアが会話の内容を誤魔化そうとレナートをダンスに誘う。武器の使い方を知る彼女は、可愛らしく微笑み上目遣いにレナートを見上げる。少しばかりその豊満な胸を上下させれば、王族相手に息が弾んでいる様子がわかるはず。
それでもレナートが手を差し出さないので、こてんと小首をかしげてみる。大体の男はこれで美しいルチアの言うこと聞いてくれるのだが。
「わかった」
ほら、王族だってこんなものよ。
ルチアが内心ほくそ笑む。
だが彼が手を差し出したのはヴィヴィアーナに対してだった。
「どうやらベルニーニ侯爵令嬢は“武器の扱い”が大変お得意のようだ。それならばあなたの侍女にももう少し箔が付くよう俺が指導して差し上げよう」
ヴィヴィアーナは戸惑いながらもその手を取る。この注目の中いつまでも王子の手の相手が空気では失礼極まりない。
レナートがヴィヴィアーナの手を取りホールの中央に向かえば、自然と人が除け二人の空間が出来上がった。
「緊張しているのか?」
「ホールの中央で王族に手を取っていただいた男爵令嬢が緊張しないはずございませんっ」
「それもそうだな。すまなかった。君の身が危ないように見えたものだからな…さあ顔を上げて」
「危なく?」
どうやらヴィヴィアーナ自身はあの男たちの下品な目の意味に気づいていないようだった。
「いやいい。始まってしまったものは仕方ない。俺もダンスが得意というわけではないがこうなったら楽しもう」
レナートはそう言うが、長い足は見事にヴィヴィアーナをリードしながら優雅なステップを踏んでいる。
「お得意なのではないですか?」
「あまり好きではないということだ。君は得意そうだな」
「亡くなった母がダンスが好きでよく教わっていました」
「…いい笑顔だ」
くるりと一回転して戻ってきたヴィヴィアーナを左手で受けながら彼はそう言った。
大好きな母を思い出し、ステップを踏むことで体が楽しい記憶を呼び覚ましてくれたらしい。
遠巻きに見ていた貴族たちも、二人の和やかな雰囲気に誘われ徐々にダンスに加わり始めた。
「武器になるぞ」
「はい?」
「笑顔は武器になる。人の心を惹きつける、誰もが使える武器だ」
「そうなのでしょうか?」
「ああ」
そう言いながら彼女をリフトすれば、花のような笑顔になった。
「俺が今そう思うのだから間違いない」
「え?」
着地した彼女は盛り上がった音楽で彼の声がよく聞き取れなかった。
やがて曲は静かに終わり、礼をするとまた手にキスを落とされてしまった。
礼儀とわかっていても、十六になったばかりの小娘が王族で大人な相手にそんなことをされれば舞い上がらないのは無理だろう。
「その笑顔を君の主に潰されないことを祈る」
「レナート殿下…」
その後彼との接点は一度もなかったが、この日の出来事は彼女の心を支える材料の一つとなった。
一年半後にやって来る、ガーデンパーティでの悲劇までは。
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