2 追放

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2 追放

+ + + + + ☆愛を告げる勇気を持つチャーム ・使用者が真に相手を愛していなければ効果はない。 ・赤い薔薇についた朝露、左手の小指から採った血を用いるとなお良い。 ・金星の恩恵を受ける場合は、位置をよく確認すること + + + + + 「ヴィヴィアーナ!あなたなんてことしているの!」  和やかなガーデンパーティの会場に、令嬢の甲高い声が響いた。  侯爵令嬢ルチアが、侍女ヴィヴィアーナを叱りつけた声だ。 「お嬢様、どうして…」  どうして、いつも私のせいになさるのですか? 「こんな物を使ってまで、カルロ殿下の気を惹きたかったのですか!?」  お嬢様、それはお嬢様が望んだことでございます… 「我がベルニーニ家にまで泥を塗って…身の程をわきまえなさい!」  ルチアの手には、魔女の札が握られていた。複雑な模様は、素人には何が描いてあるのかわからない。だからこそ、魔女の仕業に違いない。  ルチアは目の前のカルロ王子の足元に跪き、陳謝した。 「侍女がとんでもないことを…申し訳ございません!こんな、殿下を陥れるような…この国を揺るがすようなことをしてしまい…」 「ルチア嬢、ドレスが汚れてしまう。立ってください。いったいそれはなんなのですか?」  レアルクラシスの第二王子であるカルロは、三人の兄弟の中で一番物腰が柔らかい。  女性的な見た目は美しい上に、スラっと長身なので令嬢の間では一番人気だ。  そんな彼が目の前で震える、か弱い令嬢に手を差し伸べる。  彼が内心どう思っているかなど知らず、令嬢は頬を赤らめてその手をそっと掴んだ。 「これは…魔女の札にございます。あの者は魔女です。今までおかしいと思っていましたが、これをもって確信いたしました。あの者は、身の程もわきまえず殿下の御心を我が物にしようとしたのです!」  違う。その札にそんな力はない。  お嬢様が一歩前に進めるように、ほんの少し勇気をもらえるまじないが描いてあるだけ。 「人の心を弄ぶなど…なんて酷いことをするの」  それは、先程私がお嬢様に申し上げた言葉。 「以前レナート殿下に優しくして頂いてから、あなた慢心したのではなくて!?」 「お嬢様、私は…あっ」  反論も出来ないまま立ちすくんでいたヴィヴィアーナは、カルロの目配せにより素早く動いた、レナートの手によって拘束された。大の男に、しかも軍に所属する彼に囚われては、少女でも赤子でも大差はない。  抵抗しようとしたわけではないが、突然拘束されたことに驚いたヴィヴィアーナが身をよじると、後ろでレナートが低く囁いた。 「力を抜け。俺とて柔肌に傷をつけたいとは思わない…」  ヴィヴィアーナがはっとしたように後ろを見れば、失望したような表情を浮かべたレナート王子がいた。掴まれた手は、犯行現場を押さえたにしては柔らかい。  カルロと同じ柔らかな金色の髪に、これも兄弟揃って同じ青い目。  ただカルロの目元が柔らかな笑みの形になっていることが多いのに比べ、彼の眼光は鋭い。なにより体格がカルロより一回り大きい。掴まれた手に痛みがあれば、以前のことなど忘れ恐怖を感じたかもしれない。  「違うのです、これはそんな悪いまじないではないのです」そう言いたくなるが、この場で弁明することなど無駄だろう。ぐっと言葉を飲み込み、主の過剰なおふざけに耐えるしかない。  唇をぎゅっとかみしめるヴィヴィアーナは、あっという間に駆け付けた兵士により縄をかけられた。  令嬢一人に大袈裟とも言える捕り物劇だが、大罪である魔女術の現行犯ともなればこの国では当たりまえのことだった。  大勢の高位貴族令嬢が好奇の眼差しを向ける中、ヴィヴィアーナは魔女の容疑で牢へと連れて行かれた。    すれ違いざまに見たルチアの口元は案の定ニヤリと歪められていた。  きっと、彼女にしてみれば思い付きのいたずら。  魔女と言われた女が辿る運命など、これっぽちも理解していない。  事の始まりは逮捕から三十分ほど前。  既に婚約者のいる第一王子は無理でも、第二王子の婚約者の座に収まりたいルチアによって、“おまじない”を頼まれたことが発端だった。 「ねえ、あなた恋のおまじないの一つくらい知ってるでしょ。お願いよ。私どうしてもカルロ殿下に見初めていただきたいの」  そんな主の申し出を、勿論ヴィヴィアーナは断った。 「お嬢様、人の心を弄ぶようなまじないはいたしません」  正論で返せばきっといつものように怒り出すはず。だが第三者を、しかもこの国の王子である相手を巻き込むようなことは絶対にあってはいけない。 「弄ぶわけじゃないわ!私は真剣にお心を射止めたいのよ。わかるでしょ?お父様だって私に期待してるのっ」  そう言うとさらに内緒話をするようにヴィヴィアーナの耳元に囁いた。 「あなたがまじないができるって知ったら、きっと皆あなたを魔女だって言うでしょうね。ねえ、もしかして以前の夜会であなたレナート殿下にそういうことしたのではなくて?」  この国の魔女に対する扱いは、周辺諸国より苛烈だ。  嫌疑をかけられたが最後、認めるまで拷問を繰り返し、その最中に死んでしまうか、認めれば当然死に繋がる刑となる。  内容が劣悪と判断されれば火刑。他にも流刑、追放などおよそ生きて帰れる刑ではない。  つまり魔女に人権はない。  ただ、ここ何年もそういった騒ぎが起きていないので、若い人の間では教科書の中の出来事であり、実感が沸くものではない。  ルチアの顔を見れば、満面の笑みで微笑んでいる。  勿論これは友愛の笑みなどではなく、侍女をいたぶることが趣味である彼女の脅しのようなもの。 「わかりました…」  ルチアは化粧直しという名目の元、一度控室に下がるとヴィヴィアーナにまじないの札を描かせた。  だがヴィヴィアーナとて素直にそのまま相手の心を奪うまじないを施すわけではない。  彼女は紙を取り出すと、ペンにインクをつけ魔法陣のようなものを描き始めた。    本当にルチアがカルロ王子のことを愛している場合に効果が期待できるまじない。  ルチアが恐れをなさず、その想いを相手に伝えられるよう後押しするだけのまじない。  「告白する勇気」を持たせるものだ。 「薔薇の蕾、蝶の羽ばたき。想いが届きますように」  ヴィヴィアーナは完成した魔法陣に向かいそう呟くと、小さく折りたたんでルチアに差し出した。 「素直にこうすればよかったのよ」  ルチアは奪い取るようにその紙を受け取ると、ドレスの胸元に押し込んだ。  
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