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しかし、ルチアがそれを持ってカルロ王子に近づいても彼は一向に見向きもしない。話しかけてもすぐに会話は途切れ、その隙に別の令嬢が話しかけてしまう。
ルチアは苛立ち、ヴィヴィアーナがわざと別のまじないを寄越したと思った。
もし本当にルチアがカルロ王子に恋焦がれているのなら、もしかしたら会話が続き、彼の気を惹く可能性があったかもしれない。
だがルチアが欲しいのは彼の心ではなく、彼の妻という座。
美形だが文官で超がつくほど真面目なカルロ王子との結婚生活が面白いわけない。ルチアは結婚しても面白おかしく暮らしたいのだ。
彼女はヴィヴィアーナに謀られたと思うと、奥歯をギリリと噛んだ。悔しさが込み上げてくる。
なんとしても今この場で彼女を貶めなければ気が済まない。
彼女は胸元からこっそり札を取り出すと、ヴィヴィアーナの前で広げて叫んだ。
「ヴィヴィアーナ!あなたなんてことしているの!」
ヴィヴィアーナが牢に入れられてからのことは、あっという間だった。
一応裁判のようなものはあったが、「魔女の札」という証拠があり、ヴィヴィアーナは魔女について否定しなかった。一度魔女と言われてしまえば、本当に魔女でも魔女でなくても関係ない。罪状が告げられ、他の説明も弁明の機会もろくになく刑が言い渡された。
彼女を最初に捕らえたレナートが何度か牢に来ると、なぜ弁明せぬのかと聞いてきた。だが彼女は何も答えず、俯くだけ。
やがて彼女は左肩に魔女の烙印を押されると、国境近くにある森へと追放されることになった。
追放当日。
太陽もあと少しで地平線に沈むという頃合いに、ヴィヴィアーナは森の奥深くへと連行された。
罪人の服である粗末な白いワンピースに、裸足。
危険な生き物もいる森の真ん中で、身一つで放り出されればどうなるのか誰の目にも明らかだった。
追放の執行役は、第三王子レナートが自ら行った。貴族への刑の執行には彼が立ち会うこととなっている。一応ヴィヴィアーナも男爵令嬢であり、彼が付き添わなくてはならなかった。
レナートはヴィヴィアーナの縄を切るついでに、牢にいる間何度も尋ねたことをまた聞いた。もう判決は覆らないと言うのに。
「なぜ魔女であることを否定しなかった」
「否定しても何も変わらないのは、殿下もよくご存じかと思います」
ヴィヴィアーナの声は静かで、暗い。
「我々もベルニーニ侯爵令嬢が見たままの大人しい令嬢でないことは分かっている。なぜ自分ではないと主張しなかった」
「レナート殿下。獄中で私のことを気にかけて下さったのは殿下だけでした。ありがとうございます。お帰りの際、どうか迷いませぬよう」
彼女は静かにそう言うと、寂し気な笑みを浮かべた。
「君にこんなことしたくはなかった」
だがもう何を言っても手遅れなのだ。
彼女は、明日の朝にはこの森で無残な姿になっているだろう。
本来ならあり得ないことだが、彼は縄を切ったナイフを鞘にしまうと、餞別代りに彼女に押し付けた。
そして「力になれずすまない」と言うと、兵士と共に来た道を引き返していった。
周囲から灯りがなくなり、日が落ちた森にはただ闇が広がった。
彼女は怯えるでもなく、遠退いていく灯りを見つめる。
「郷里の風。北の一番星。あなたの足が、迷いなく家へと向かいますように」
彼女の背後から一陣の風が吹き抜け、灯りを追った。
闇夜の森でも迷わず帰れるおまじない。
彼女が魔女であることを否定しなかった理由。
それは本物の魔女であったから。
「リベル、おいで」
彼女は何かを呼ぶと、手探りで近くの木の根に腰を下ろした。
ほどなくして、音もなく一羽の梟がヴィヴィアーナの目の前に降り立った。
「私、あなたがいるから何も怖くないわ」
「ホー?」
「いいのよ、あなたはそのままで」
そう言うと、レナートがよこしたナイフを胸に抱いた。
「ホホー」
「うん、よくないモノがいるのはわかってる。このナイフに護符になってもらうわ」
彼女はそう言うと、ナイフを鞘から抜き取り何かを唱えた。
刃がうっすらと光り、護符としての力を付与される。
今夜は動き回るのではなく、もうここで休む気の彼女は、そのナイフを抜き身のまま膝の上に置いた。
本物の魔女とは言え、彼女が今まで暮らしてきたのは男爵家。そして行儀見習いに出されてからは侯爵家にいた。
そんな令嬢が、暗い森の真ん中でそのまま地べたに座る。
彼女には漠然と理解できる何かがあった。
自分の中を流れる魔女の血が、森は怖くないと告げている。
何かと嫌がらせをしてくる令嬢の侍女よりも、自分を汚い物と同じように扱う義母のいる実家よりも、「魔女」と言われただけで追放してしまうような社会よりも、この森の方が何か希望があるような気がする。
胸に吸い込まれる土の匂いは、自分が自然と一体化したように錯覚させた。それがなんとも心地良く、大地に抱かれ眠ることに彼女はなんの抵抗も感じなかった。
自分の体を抱くように静かな寝息をたてる主の頭上で、梟は見守るように黄色い目を光らせていた。
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