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「何を考えている?」
戦について難しいことでも考えているのかと思ったロレンツォの問いかけで我に返る。
まさか一年前の刑の執行について考えているなどとは思わなかったのだろう。
「いえ、そんな大したことでは…早く終わればなと」
レナートは見つめていた森からさっと目を逸らした。弟の不自然な動きを兄が目ざとく見つける。
「そう言えば一年前くらいになるか?男爵令嬢が追放されたのは」
「なんの話です…?」
ロレンツォは顎で森を指し示した。
「お前は嘘や誤魔化しが下手だからな。森を見ていたろ?お前、あの令嬢が気になっていたのか?牢にも足を運んでいただろう」
「気になるというほどでは…ただ、あんな無垢な令嬢が大人しく追放されることを受け入れたのが…冤罪でしょうに」
ロレンツォはレナートの話を聞きながらグラスの中をまたちびりとやった。
「俺なら逃がしてやれたのに、とか思ってるだろ?」
図星のレナートは今度はロレンツォから目を逸らすとグラスを空にした。
「そういうわけでは…」
「なるほどそういうわけか。自分に助けを求めなくて拗ねてるんだろ?」
「拗ねているわけでは!」
否定してからレナートは「あ…」という顔をした。これではその通りですと言っているようなものだ。
「そりゃお前、ちょっと傲慢な考えじゃないか?か弱き令嬢は強い自分に庇護されてしかるべき…だろ?」
どう言ったところで兄をかわせないと思ったレナートは、ここで開き直った。
「ええ、そうです。助けを求めてくれたのなら俺には逃がすことができたかもしれない。そう思ってました。なぜ魔女を否定し、助けてと言ってくれなかったのか…」
「お前、意外と妄想と幻想を抱き勝ちだよな。まだ幼さの残る彼女の英雄にでもなりたかったのか?なってどうする?その後は?」
彼女の英雄になりたかったのかーー案外そうだったのかもしれない。彼女を自尊心を高める道具と思ったのだろうか?
だとすれば、俺は最低なやつだな。
レナートはグラスを傾けようとして、既に空にしたことを思い出した。
ロレンツォのグラスにはまだ残り半分あったが、思い切って残りを一気に飲み干した。一気に喉の奥が熱くなり、思わず顔をしかめる。
「く…お前よく一気に飲めるな。上品な俺にはワインくらいで丁度いい。ほら、頭を切り替えろ。明日からしっかり俺を守れよ。可愛い嫁を早速未亡人にするつもりはないからな」
「無論」
ロレンツォは三か月前に盛大な結婚式を挙げたばかりだった。少しでもエステリアとの仲を取り持つことが出来ればとの思いから、エステリア人の母を持つ公爵令嬢との政略結婚だった。
だが婚約期間中に相思相愛となった二人は、砂糖菓子で生きているのかと思うほど甘い蜜月期間を過ごしていたとかなんとか。
「お前が戦場にいて、カルロが王宮にいる。だから俺はどこでもやっていけるんだ。二人には感謝してる」
急に改まった様子にレナートは吹き出した。
「俺たちここで死ぬみたいじゃないですか」
「死ぬなよレナート。お前は体がでかくて死体を回収するのが大変だからな」
「じゃあ馬にくくりつけときますよ。自力で戻れるように」
弟の言葉に「そりゃ自力でなくて馬力だ」と笑って返すと、二人はお互いの健闘を称えるように、背中を叩いた。
明日はいよいよ戦いの時。
一年ぶりの戦場に、レナートはなんとも言えない嫌な予感がしたのであった。
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