5 森の魔女

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5 森の魔女

+ + + + +  ☆治癒の軟膏 ●材料: ・マラディナの葉…鍋いっぱい ・蛇の血…鍋に九滴 ・水晶の水(一晩寝かせたもの)…鍋の底少々 ・蝶のサナギ一つかスズランの根三本(処理済のもの) ・蜜蝋…お好みで ●作り方: ・鍋にすり潰したマラディナの葉と水晶の水を入れて煮込む。 ・葉の量が半分になったら、蛇の血と蝶のサナギ(スズランの根)を加える。スズランの根は適切に処理して使うこと。 ・治癒のまじないを三回唱え、薬を目覚めさせる。 ・蜜蝋を入れる場合はまじないの間に入れること。 ・薬が目覚めたら完成。 ※目覚めない時は、鍋を樫の木で二回叩く。叩いても目覚めない場合は失敗。 + + + + + 「ちょっとダメよ、これは薬に使うんだから」  深紅のフードを目深に被った少女が、摘もうとした草にふんふんと鼻を近づけてきた小鹿を押しやった。 「あなたはあっちの草をお食べなさい。柔らかくてきっとおいしいわよ」  小鹿はそう言われると、言葉がわかったかのように少女が指さした草を食みに行った。  小鹿がいなくなると、足元の草を摘んでは籠に入れる。  しばらくして一杯になると、彼女は家へと戻っていった。  家と言っても、大木を大黒柱にして組み立てたあばら小屋だ。それでも彼女にはくつろげる我が家だった。  彼女は一年前からこの追放の森に住んでいる。  住みたくてやって来たわけではない。  魔女としてこの森に追放されてしまったから、ここの他に住むところがないだけ。  だが彼女――ヴィヴィアーナは、逞しくも生き延び、それどころかここでの生活を満喫していた。  ここでは彼女を陥れる者も、蔑む者もいない。  なんせ人がいないのだ。  いるのは森の生き物だけ。時々動物でも人間でもないモノも現れるが、自分に害がなければ彼女にはどうでもよいことだった。  十歳の時、母と領内の花畑へピクニックへ行った時のこと。  名前も知らぬ小さな花を摘んでいたら、母が教えてくれた。  あなたは古の魔女の系譜よ。  古の魔女は、今言われているような魔女とは違うの。  古い時代は巫女と呼ばれ、もっと古い時代は呪術師と呼ばれ人々から尊敬と畏怖の念で頼られていたのよ。  でも魔女であることは内緒。  この時代で魔女は悪い人になってしまうの。  それでも、あなたには魔女の秘術を教えるわね。  これは絶やしてはいけない、私たちの使命なのよ。  母はそう言うと「リベル」と何かを呼んだ。    まずは使い魔と契約しないとね。  そう言った母の目線の先には、木立に舞い降りた梟がいた。     使い魔と契約することで、魔女は正しく秘術を使えるようになるのよ。  母が梟に何か言う。  すると梟は「ホー」と鳴いてヴィヴィアーナの周りを一周すると、またどこかへと消えてった。  きょとんとする彼女に、母は「今日からあの梟があなたの使い魔よ」と言った。  初めて見る梟。  初めて見る母の魔女としての顔。  初めての使い魔。  面白いいたずらでも思いついたような表情の母は、とても生き生きしていた。  その一年後に死んでしまうとは思えないほどに。 「リリアナ、魔女の秘術は誰かを苦しめるためにあるんじゃないわ。誰かを助けるためにあるの。世間で言われるような怖い事をしてはだめよ。リリアナ…私の可愛いリリアナ…」  母は最期にそう言うと、ヴィヴィアーナの頬をひと撫でして息絶えた。    リリアナ。それは隠された魔女としての名前。  母が自分に残してくれた、魂の名前だった。  もし彼女が今、誰かに対して名乗るようなことがあればリリアナと言うに違いない。 「雪下の蒲公英、柘榴の果実。あなたには癒す力がある。痛みを静める力も」  ヴィヴィアーナーーリリアナは摘んできた草をすり潰し、他のいくつかの材料と一緒に煮込むと、最後にそう唱えてから保存用の瓶に流し込んだ。  青臭い臭いが漂うが、これが良く効く傷薬となる。  数日前、薪を拾う彼女に囁いたものがあった。  姿は見えなかったが、風の中に聞こえた声は森に棲む妖精だろう。 ――またはじまるよ、またはじまるよ。 ――バカだね、ニンゲン。みんな死んじゃえ。  リリアナは森から続く川の流域が領地争いの戦地になっていることは令嬢時代に知っていた。  それがまた始まるということだろう。  この森は戦争が始まると、敗走兵が逃げ込むことがある。  戦時中でなくても、偵察をしていたであろう兵士が迷いこむことがある。  何かから逃れるとき、身を隠す場所を求めて死の森へ踏み込んでしまうのだ。  大体彼らは帰り道がわからず何日かさ迷っていたり、森の生き物によって怪我をしていたりする。放っておけば死んでしまう。  リリアナはそんな彼らをそっと街へと帰した。    薬を用意したのは、彼らを生きて帰せるかもしれないから。  帰る場所があるのなら、ちゃんと生きて帰った方がいい。彼女はそう思っていた。
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