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☆
(どれが本物の住所なのだろう……それともすべてが嘘なのか……)
先野光介はバーにいた。ときどき訪れるバーで、ひとり静かに飲むのがいつものスタイルで、この店はとりわけそれができた。
カウンター席だけの小さなバーで、六人も入れば満席になる。間もなく還暦を迎えるという、物静かなバーテンが一人いるだけで、女っ気はない。その代わり煙草が吸えるというのが売りだ。
おしゃべりなホステスがいないのが落ち着ける、隠れ家的バーといってよかった。いまは先野のほかに客はいない。
今日一日、聞き込みをした。美容院から始まって、最後は居酒屋と書店の、計六軒。点在していたために、オートバイの機動力をもってしても、そこまでしか回れなかった。しかも収穫はなしとくる。
(いや、なくはないか……)
ウィスキーのグラスを傾けて、香りを味わいながらひと口ふくむ。アルコール度の高い酒特有の焼けるような感覚が喉をおりてゆく。
先野はカウンターに広げたシステム手帳を見下ろす。
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