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その夜は綺麗な満月が輝いていた。いつも通り私は川沿いの遊歩道をクロスバイクに乗って帰宅していた。バイト先の会社が交通費を出してくれないので、自腹を減らすために駅から自宅までの八キロはバスを使用せずに自転車にしているのだ。
一刻も早く横になりたくてペダルを漕いでいた。とは言えそもそも疲れている、そんなに速く走っているわけではない。
月夜の遊歩道は私の他に人の気配は無かった。人どころか虫の気配も無い。これが夏だと日中大人しくしていた虫たちがわんさかと姿を現し、とても通れる状態ではなくなる。しかし十一月に入ったこの時期は虫の音も聞こえずしんと静まり、周りにはこの遊歩道と川、そして延々と続く田畑しか存在しない。そのため世界に自分一人しか存在しないような寂しさと、誰かに傷つけられる心配がないという安心が同居する不思議な心持ちになる。
帰宅までのこの時間が私は好きだ。しかし、今日は疲れているので早く家に着きたい。そんなことを考えながらペダルを漕いでいると、ライトの光の端に何かが飛び込んできた。
ソレはライトの明かりに入らないギリギリの所を四つ脚で駆けていく。野良ネコかイタチだろうか。この河原には野良ネコはもちろん、イタチやタヌキなどもいる。
私は自転車を漕ぎ続けているうちに、あることに気がついた。
距離が縮まらない……
ライトの明かりが届くギリギリの所を小動物は駆け続けている。光の中に入り全身が見えることも、私を置いて先に行くこともしない。つまり私と同じスピードで走り続けているのだ。なぜ逃げないのだろう? そもそも私が近づいているのに、どうして藪の中から飛び出してきたのだろうか。
私は目の前を駆けているモノの正体を無性に知りたくなり、クロスバイクのスピードを上げた。
私の前を走るモノもそれに合わせて速度を上げる。
さらに私も速く脚を回転させる。
相手も負けじと速度を上げる。
おかしい、少しも姿が見えない。光のすぐ外側を走っているシルエットは飛び出してきたときから、ずっと確認できているのに身体の一部ですら光の中に入らないのだ。距離がまったく縮まらないし伸びもしない。私の考えを読んで速さを調整している?
そんなことがあるのだろうか。漠然とした不安と薄気味悪さが心に広がる。私は何を追いかけているのだろう? これは本当に河原に住む小動物なのか。
この鬼ごっこはどこまで続くのだろう。私の住むアパートまで? ここでブレーキをかけたらどうなる? アレはそのまま走り続けて行ってしまうのだろうか、それとも立ち止まる? 立ち止まったら、その次は……
私は怖くなってきた。このままペダルを漕ぎ続け自宅へ戻るべきか、それとも止まるほうが安全なのか。判らない、どうすれば良い? 悩みながら目の前を走るシルエットを凝視し続ける。
あと数百メートルで曲がらなければならない。曲がればこの遊歩道から離れることになる。目の前のコレはどうするのだろう? 付いてくるのか。先に進んでいるのだから付いて来ると言うのはおかしいが。
と、不意にソレは道を逸れ藪の中に飛び込んだ。
「え?」
私は思わずブレーキをかけ、クロスバイクを止めた。
次の瞬間、藪の中から巨大な光の塊が宙に舞い上がった。
それは信じられない速さで満月が輝く空へと消えていく。
私は唖然としてしばらく夜空を見上げていた。
あれは何だったのだろう? あれから何度も遊歩道を通っているが、謎の小動物も巨大な光の塊にも出会っていない。
-fin-
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