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白い小石の入った袋
バイトの帰り道、俺は身なりの汚い男に出会った。
その男は頭がどうかしているらしく、道路の端に積み上げられている融雪剤の袋を片っ端からこじ開け、中身を全部地面にぶちまけていた。警察に通報することはもちろん考えたが、正直めんどくさかった。俺はそそくさとその場を後にしようとしたのだがーー
ーーーにぃちゃん
男に呼び止められてしまった。俺は無視して通り過ぎようとしたが、男は俺の前で通せんぼをしてきた。舌打ちし、強めの言葉でどけと言ったが、男はニタニタと笑っている。流石に寒気がしたね。意思の疎通ができる人間じゃないって分かったからだ。
男は、媚びるように俺を見上げて言った。
ーーー白い小石の入った袋、知らんか?
今お前がぶち撒けてるのがそうじゃねぇのかよ。俺がそう言うと、男はゆっくり首を横に振った。
ーーーこういうんじゃなくて、もっと『つぶ』の大きい、白い小石の入った袋。
知らねえと言い、俺は男の肩を突き飛ばして脇を通り抜けた。男は軽くよろけ、ヒヒッと猿のように笑った。
ーーーあれはいいモノだよ
ーーーにぃちゃんも、見つけたら開けてごらん。
ーーーあれはいいモノだよ
心底、気持ち悪いと思った。
俺は走って逃げ出した。笑い声がする。振り返ると、何がそんなにおかしいのか、男が俺を指差して腹を抱えて笑っていた。俺は足を早めた。男の笑い声はやがて聞こえなくなったが、その笑い声の幻聴が、しばらく俺の耳朶にこびりついて離れなかった。
数日後、またまたバイトの帰り道でのことだ。夜道を歩いていると、電信柱の影に白いぼんやりしたものが見えた。なんだろと目を凝らしてみると、それは白い小石の入った袋だった。
ーーーアレはいいモノだよ
瞬間、俺はあの小汚い男の言葉を思い出してしまった。
「くそっ」
もう忘れかけていたのに。無性に苛立たしくなった俺は、電信柱を蹴飛ばして足を早めた。
ーーーアレはいいモノだよ
けれどいくら足を早めても男の言葉が頭から離れない。俺は遂に走り出した。
ーーーアレはいいモノだよ
ーーーアレはいいモノだよ
ーーーアレはいいモノだよ
男の言葉が振り払えない。その言葉がゴミにたかる蝿のように頭の上を飛び回っている。頭がどうにかなってしまいそうだった。家に帰っても、シャワーを浴びても、布団を頭から被ってもーー消えない。
あの白い小石の入った袋のことが頭から離れない。
気付いたら、俺は夜の街を走っていた。
あの白い小石の入った袋は、幸いなことに誰にも奪われることなく、俺のことを待ってくれていた。俺は白い小石の入った袋を大事に抱え上げると、誤って落とすことのないよう注意して歩いて帰った。
家に帰り、ハサミで中にある白い小石を傷つけないよう、丁寧に丁寧に袋を切った。床に敷いたビニールシートの上に、白い小石を一つ一つ並べていく。
その中の一つに『目蓋』があった。
美しい、長い睫毛のついた綺麗な目蓋。
その目蓋がゆっくり開いて、中の真っ白な眼球が俺を見た。
『彼女』が笑っているのが分かった。
俺は『彼女』の長い睫毛をゆっくり撫であげ、もう少し待っててね、と優しく呟いた。
※
そして、今に至るという訳だ。もう10年も前の話だ。それからというもの、俺は日本中を周って『彼女』を捜した。
『彼女』は最初の時と同じように道端に落ちていることもあれば、『入ってはいけない所』に安置されてたりもした。そういう所の中に入るのは一見難しそうに見えるが、場所が場所なだけに意外と警備がザルだからどうとでもなった。
それよりも厄介なのは、誰かに『盗まれている』場合だ。
相手も『彼女』を手に入れようと必死だからな。話し合いでは絶対に解決しない。だから、必ず奪い合いになる。幸い、俺は昔から腕っぷしには自信があったからな。負けることはなかった。
全員、※※してやった。
その中には、俺に『彼女』のことを教えてくれたあの小汚い男もいた。一応、教えてもらった恩がある訳だから※※したくはなかったんだが、激しく抵抗されてね。止むを得ず※※したよ。男は腹の中に『彼女』を隠していた。・・・どういう意味かって? 言葉通りだよ。
アイツは、『彼女』を飲み込んで隠していたんだ。
俺は男の腹を裂いた。アレが一番の難事だったが、まあやり遂げたよ。なにしろ男が隠し持っていた『彼女』が最後の『彼女』だったからな。やらないという選択肢は無かった。
そうして、俺は『彼女』をすべて手に入れた。
『完成した彼女』は俺を受け入れ、俺もまた『完成した彼女』を受け入れた。
その愛の結晶が、今お前の目の前にある俺たちの子どもという訳だ。
・・・ん? これはただの子どもの形をした白い石像だって?
ははっ、俺たちの『娘』は美しいからな。そう見えるのも無理はない。
こうやって眠っていると、確かに石像のようにしか見えないな。
でもーー
もうすぐ、起きる。
・・・ん?
今、目が開いったって?
そりゃ開くさ、俺たちの娘だもの。
さっきも言っただろう?
もうすぐ起きるって。
ほら。
起きた。
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