オリボーレン

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オリボーレン

 放課後、私たちは集合してケーキ屋さんに向かった。  のだけれど……ウィリアムがついてきた。 「ウィリアム! なぜ、あなたもいるの?」  どうやら、私が美術部に行っている間に、ソフィアが気を利かせて誘ったらしい。 「庶民の行動を観察するのも王子の仕事の一環だ!」  空気の読めないウィリアムは楽しそうにケーキを選んでいる。  女子会に一人、男が混ざる。  この状況がどれだけ気まずいのか……本人は気付いていない。 「えーっと、ウィリアム王子はどのケーキを召し上がりますか?」  ソフィアが気を遣ってウィリアムに尋ねた。ごめんね、ソフィア。  ケーキが並んでいるショーケースを見回すウィリアム。 「なんと、オリボーレンがあるのか!」  ウィリアムは故郷のお菓子がイザベル王国にあったことを喜んでいる。  これには私も驚いた。オリボーレンを食べたのは感謝祭の時以来だ。 「本当にあるの?」  私はウィリアムの横に行って確認する。 「ほんとだー、珍しい。クラーク王国で食べたことあるわ」 「お前、オリボーレンを食べたことをあるの?」 「あるわよ。5歳のときに両親と感謝祭に行った時に」 「ずいぶん昔の話だな」 「そうね。あの時、私は両親と離れてしまったんだけど、親切な男の子が一緒に探してくれたの。オリボーレンはその男の子が買ってくれたわ」 「えぇっ?」  ウィリアムは何かに驚いた。何か驚くポイントがあった? 「驚いてどうしたの? 私、変なこと言った?」 「いや……」  ウィリアムは気まずかったのか、急に話題を変えた。 「俺はショートケーキにする!」 「じゃあ、私はオリボーレンにしようかな」  私は久しぶりにオリボーレンを食べたくてしかたない。 「うーん。やっぱり俺もオリボーレンにしようかな……」  ウィリアムは優柔不断なんだな。それとも、早くもホームシックか?  寂しかったら、いつでも帰っていいわよ!  ウィリアムが迷って注文できないから私は提案した。 「じゃあ、私のオリボーレンを一つあげようか?」 「本当に?」 「嘘ついてどうするのよ……」 「何か裏がない?」 「ないわよ。ケーキくらいで恩着せがまし……」 「ありがとう!」 「へー、素直に感謝はできるのね?」 「うるせー!」  ケーキが運ばれてきた。私は久しぶりのオリボーレンを堪能する。  そうよ、これこれ! ドーナツみたいだけど、ドーナツじゃないのよ!  このカリっとした食感が……  そんな私を見つめるウィリアム。  いつも喧嘩腰のウィリアムだけど、見た目は王子そのものだから嫌な気はしない。  うるさくなかったらいいのに…… 「ねえ、一つくれない?」 「あっ、ごめん。久しぶりだったから懐かしくて……このカリっとした食感がいいのよね」 「それ、分かる! ドーナツみたいだけど、ドーナツじゃない。俺も大好物なんだ」  ウィリアムは楽しそうに話しているが、口元にはショートケーキの生クリームが。子供みたいだ。 「ウィリアム、口に生クリームが付いているわよ」  そういうと、私はナプキンでウィリアムの口を拭った。 「ちょっ、やめろよー。恥ずかしいだろ!」 「なによー。口元に生クリーム付いたまま、その辺を歩かないでよね」 「そんなことしねーよ!」 「ちょっと、もう夫婦みたいじゃない。仲がいいわねーー」  私たちのやり取りを見ていたソフィアがからかう。 ――しまった……  弟の世話をするのと同じ要領で対応してしまった。 「そ、そんなことないわよ」と私は取り繕うのだが、「照れなくても大丈夫よ。婚約者なんだから」とソフィアは笑っている。 「ところで、学園祭のダンスパーティはどうするの? やっぱり、2人で参加するのよね?」  ソフィアが私に聞いた。 ――ちょっと待ったーーー!  ウィリアムに秘密にするつもりだったのに…… 「何それ? ダンスパーティ?」  ウィリアムはソフィアに質問した。 「アンナから聞いていらっしゃらないの?」 「ぜんぜん!」 「学園祭の最後にあるイベントですわ」 「そうなの?」 「ダンスパーティでは、その日最も輝いていたカップルにベストカップル賞が与えられるのです」 「ベストカップル賞……」 「お二人が出れば、ベストカップル賞は間違いなしですわ!」  私とウィリアムは顔を見合わせた。お互いに気まずい顔をしている。  私はウィリアムと婚約しているのだから他の男性と踊るのはマズい。それはウィリアムも同じだ。  でも、私たちの息がピッタリなわけない。ダンスの最中に小競り合いもあるだろう。  足を踏んだと大げんかになるかもしれない。  そうすれば、 ――婚約を偽装しているのがバレるかもしれない…  これはマズい。私はダンスパーティに参加しない方向で話を進める。 「私は生徒会長でしょ。学園祭の運営で忙しいから……ダンスパーティに出られないわよ」 「あら、そんなの私たちに任せたらいいじゃない!」 「そんなの、悪いわよ! ソフィアたちもダンスを踊る男性がいるんでしょ?」 「残念! そんな素敵な殿方がいたら、そんなこと言わないわ」  これはマズい。私たちは婚約を装っているだけだから、全校生徒に知られるのは避けたい。将来的に婚約破棄することになるのだが、イザベル王立学園の全校生徒が知ったら、私たちの婚約破棄はイザベル王国内に知れ渡ることになる。  そうすると、私は『ウィリアム王子に婚約破棄された可哀そうなアンナ・ド・マルカン』とイザベル王国の全国民から思われてしまう。 ――そんなのいやーーーーー!!  私の心配を余所に、ソフィアは私に提案した。 「いいこと考えた。ダンスパーティの最後に、アンナとウィリアム王子の婚約を皆さんに発表するのはどうかしら?」 ――いえ、結構です……  ソフィア、あの、私たちは婚約を装っているだけなの。 「これは生徒会として最優先事項ね。ダンスパーティの進行に加えなくちゃ!」  ソフィアは他の生徒会メンバーと勝手に打ち合わせを始めた。  沈黙する私とウィリアム。  もう、ダンスパーティに出たくないとは言い出せない……  私がウィリアムの腕を肘で突いたら突き返された。小さく「何とかしろ!」と言っている。 「じゃあ、お言葉に甘えて、二人で出席しようかしら」と私はしかたなく言った。  私を睨むウィリアム。でも、彼にも断る勇気はない。 「ダンスパーティか、なんか楽しそうだね!」  さすがのウィリアムも空気を読んでそう言った。  こうして、私とウィリアムのダンスペアが誕生した。
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