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不倫相手は私の若い体に夢中だった。所詮、体だけが目的だと察しても私は平気な振りをした。そして抱かれるたびに、男が妻を裏切り私を選んで愛欲に溺れることに甘い優越感を覚えた。
30を過ぎると、年の近い友人達の多くは結婚し、「幸せな家庭」を築いている中、私は仕事に生き、リアルな恋愛を堪能してきた。付き合った男の数はたいした数ではないけれど、年齢層には幅がある。上は20から下は15の歳の差。私は恋愛遍歴を人に自慢するような下品なことはしない。女の歴史として記憶の奥底に宝物としてしまってある。時々そっと取り出しては媚薬に酔いしれたり毒にしびれて失笑したりしている。私の上を通り過ぎていった男達は皆、私の人生を豊かにしてくれた、と思っている。老婆になって寝たきりになった後も、取り出して愛でる思い出に事欠かないだろう。何ら後悔はしていない。
あんなに歳を重ねることを恐れ、忌み嫌っていた私もいまや41歳だ。気持ちの上では20代の頃と変わらないとさえ思うが、顔や身体の手入れをする度に新しいシミや皺を発見しては老化に怯えている。鏡の前で自分自身を抱きしめては、肌の弾力の衰えを実感する。
時の流れは物理的には同じはずなのに、感覚的には年々加速している気がする。かつて天に向かって吐いた唾が今この身に落ちて来るのがわかる。
「あなたは自由でいいわね。キャリアも順調。15も年下のイケメンの彼氏までいて。いつまでも現役オンナ感満載で。同い年だなんて信じられない」
家庭に入って落ち着いている友人達はそう言って私を持ち上げる。羨ましいと言いながら、彼女たちの目の奥には「職を失い、独身のまま、孤独な老人となっても知らないわよ」といわんばかりの期待が見え隠れする。夫の給料でブランドものを買える主婦層をねらったファッション雑誌の副題のように、家庭という「基盤がある女は強く、優しく、美しい」と自負している。私のことをうらやましいだなんて、心から思ってはいないのが分かる。
手入れの行き届いたカルティエのアンティークの腕時計――私にそんな価値があったのかどうかはわからないけれどーーそんな文句を一生懸命考えたであろう彼のまっすぐな瞳が眩しかった。
僕はその辺のつまらない男とは違う。彼にはそんな気概が感じられた。
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