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 ホテルに帰り、今日のインタビューを見返す前に、麻子に連絡することにした。 「麻子?お疲れぇ。起きてた?」 「えぇ、今オフィスに着いたところよ。」 「じゃあ、おはようね。」 「うん、おはよう。そっちはどう?」 「順調よ。アナの血圧が上がらないように気を付けて取材してる。」 「そうなの。大丈夫?」 「脳血栓があるから、血圧が上がるとよくないらしい。」 「大変ねぇ。インタビューの手応えはどう?」 「うん、面白い話をいろいろ聞いているけど、実名では公表できないわね。」 「やっぱりね。まぁ、暴露本を出したいわけじゃないから、その辺はうまくまとめてよ。」 「そうね。まだ全体像が見えないから・・・」  麻子から本社の意向を聞いて、インタビューの進め方を話し合った。麻子との打ち合わせも終わって電話を切ったが、英嗣にもこの勢いで電話しようかとふと思った。連絡するのに勢いが必要なのか。私は仕事に夢中になって、彼と関わるのが面倒になっているのだろうか。彼の声が聞きたいのか自分に問うてみる。私は携帯電話を置いて、今日のインタビュー記録の整理を始めた。  若い時代のアナの記憶は鮮明で、臨場感があった。アルツハイマー型認知症は近い時期の記憶から徐々になくなっていくらしいから、その典型なのかもしれない。快活なアナの様子に、私は彼女の病気を忘れてしまいそうになる。 「女友達三人でSohoソーホーにアパートを借りたの。楽しかった。ルームメイトのJodieジョディは大学に行っていたから、週末になると学生の男の子たちを誘って家でパーティーをするのよ。ハンサムを見つけて私も一緒に飲んだりしたけど、恋に落ちるような男はいなかった。仕事現場のほうが刺激があって、若い男なんて物足りない。」 「ボーイフレンドはいなかったの?」  アナの恋愛事情を友達のような軽い調子で聞いてみた。 「そうねぇ・・働いていた私から見ると学生は子供に見えて。責任持って仕事に取り組んでいる大人の男たちを毎日見ているから、遊び友達にはなれても、本気で好きにはなれなかったのかもね。それに人を好きになるとか、愛するなんて、どういうことか全く知らなかった。ままごと遊びをしていたのよね。」  アナが不意に窓の外の遠い何処かに視線をやって、黙ってしまった。そして急に思い出したように話し出した。 「そうだ、学校に行っていたときにね、グレゴリー・ペックそっくりのハンサムな神父様がいたのよ。先生なんだけどね・・・」  私は3度目のグレゴリー・ペックを、アイラに注意された通り初めてのように聞き続けた。進んでは戻り、進んでは戻り、アナの取材時間はひと月もらっていたが、実際にはその半分しか使えなさそうだった。神父様に友達が告白して大笑いした後、私は聞きたい話のある時代になんとか誘導していった。 「アシスタントの仕事はどれくらい続けたの?その後、どうやってデザインの仕事を始めたのか話してくださる?」  「ファッションには興味があったけど、デッサンの勉強なんてしたことないし、自分でデザインするなんて思ってもいなかった。でもいたずらに自分の着てみたいドレスを絵にしたのよ。デザイン画の真似をしてね。毎日最新のファッションを目にしていたけど、もっとこうしたほうがいいって思う時があって。生意気でしょ・・・ははは。描き始めたら楽しくて、ノート一冊なんてすぐいっぱいになったわ。」 「デザインのノートはまだ残っている?」  こんな大豪邸に住んでいるアナなら、私のように物を捨てなくても置き場所はいくらでもあるだろうと思って聞いてみた。 「ええ、アトリエにあるはずよ。見ていくといいわ。」 「ありがとう、そうさせてもらいます。」
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