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14
私の結婚は大失敗に終わった。
夫、いや元夫を一生愛していくのだと思っていた。死ぬまで一緒にいると思ったから結婚したのだ。離婚するつもりで結婚する人はいないだろうが、自分の人生など本当には考えていなかったような気もする。結婚という一大事に、浮かれた執着をしていたのかもしれない。30までには結婚したいという強迫観念もあった。早く子供も欲しかった。
しかし43まで引きずった結婚生活に子供はやってこなかった。もし子供ができていたら、私たちはまだ夫婦として家庭を持っていただろうか。
元夫は徐々に私を抱かなくなり、一人先に離れる準備を始めていた。15年の時間の長さは重い。その重さをうまく断ち切って、苦しまないように一人で先に準備をしていたことを私は裏切りと解釈した。
お互いに心が離れていったことは感じていたが、それを表に出して話はしなかった。元夫の保身に今でも腹が立つ。そのくせ私がつらい思いをしないようにしたいなどといい人ぶる台詞に、股間を蹴り上げてやりたくなる。
元夫は離婚してすぐに若い女と再婚し子供をつくった。私が浮気に気づいていなかっただけだ。私と別れて、他の誰ともうまくいかず、私を恋しがればいいと呪っていたが、私の呪文はかからなかった。人を呪わば穴二つ。離婚して5年経っても一人なのは私のほうだ。一人寂しくくたばっちまえという呪文は、跳ね返って私にかけられたのかもしれない。
「・・・それで、結局離婚したんですよ。今は一人で楽しくやってます。」
私は簡単に自身の離婚の報告をアナにしてから、インタビューの軌道を元に戻さなければいけないと、次の質問を考えていた。
「そう・・あなたならすぐに次の人が見つかるわ。」
アナが一般的な返答をしたことに違和感があった。私の離婚を可哀想だと思っているのだろうか。私はアナの明朗快活な批評を期待していた。遠慮なしに夫を罵倒するとか、私の馬鹿さ加減を揶揄するとか、辛辣な言葉を想像していた私は拍子抜けした。
「時間よ。」
アイラが元気な声を掛けて部屋に入ってきた。自分の結婚のことなど話して、時間を無駄にしてしまった。
私はそのままホテルに戻る気がせず、中華街に寄っていくことにした。イギリスの食事は不味いというのはよく知られているが、嘘ではない。本当に美味しくない。だからよく中華を食べに中華街を訪れた。レストランは美しくはなく、料理の盛り付けも食欲を減退させるが、味は間違いない。
昔よく通った店がまだあるかわからないが、そのあたりをうろうろする。夥しい数の赤い提灯が頭上に張り巡らされている。祭りか?正月のように飾り立てられている。いつでもこんな派手な飾りつけをするようになったのかもしれない。
観光客のように物珍しくうろついていると、『金楼酒家』と書かれた看板を見つけた。ここだ。よく通った中華料理屋だ。嬉しくなって私は中に入った。まだ夕食には早い時間だから、店には客がいない。面倒くさそうに、奥から上下黒のユニフォームを着たウェイトレスが出てきた。愛想の悪い中国人の接客は変わらない。小さな瓶ビールと春巻きを頼んだ。
べたつくテーブルも変わらない。いくら拭いても綺麗にはならないのに、私は何度もナプキンで拭いてしまう。往生際が悪い。
元夫ともよく一緒に食べに来た。日本に帰る直前にも最後の中華だと言って訪れた。彼に未練はない。思い出せば腹立たしいが、私は彼よりも自分の人生の巡り合わせに憤懣を感じているのかもしれない。
どうして、普通に流れて行かないのか。普通とは私の考える普通だけれど、結婚して子供ができて、家庭を築いて、守って、子供が巣立って、夫婦だけの生活が始まって、長年共に経験してきた時間を二人で振り返る。共有した人生を愛する人と大切に分かち合う。私には人生を長年共有した人はいない。もう手遅れだ。私には愛する人がいない。
男はいるが、愛してはいない。だから再婚する気もしない。一人で生きていくと決めることもないが、漠然とした未来に一人の姿が見えそうな気がする。
英嗣の前にも付き合った男もいたが、愛してはいない。そして愛着を持たないうちに別れた。いつ去られても、こっちが去っても心に波風は立たない。もう心を使う恋愛が恐ろしいのかもしれない。
一方で英嗣から去ることを恐れている。結婚でもすれば、彼は死ぬまで生活の安定を与えてくれるだろう。霞を食って生きてはいけない。配偶者という立場にない私は、死ぬまで一人で働かなければならない。でも英嗣がいたら・・そう考える自分が卑しく見える。
あんなに美味しかった春巻きの味がしない。私はビールを一息で飲み干して、店を出た。外はもう暗くなり、赤い提灯が燃えるように光っている。こんなに華やかな通りだったろうか。
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