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 私はレオがまた登場して、慌てた。スケッチブックの大量のレオが私の頭の中に溢れた。またアナの感情の起伏が大きくなって、様子が変化することを恐れながら、平静を装って話を聞いていた。 「彼は薬を続けていたけど、電話の声はすっかり元気になっていた。だから私はどこかで、アルフレッドとの結婚に反対して自分のところに来いって言ってくれることを期待していたの・・・嫉妬してくれるんじゃないかって。結婚できるような人間じゃないって言う人なのをわかっているのにね。私もいつまでも馬鹿よね。」  アナは自分に呆れたような、諦めたような顔をして宙を仰ぐとひとつ大きなため息をついた。 「・・・その電話で知ったのよ。レオが破産したって。長年勤めていたマネージャーに全財産を持ち逃げされてね。一文無しよ。もうレオと結婚することはできない。」  植え付けられ染み付いた価値観や観念はそう簡単に変えられない。結婚に対するアナの考えは、レオを愛するようになっても変わらなかったのだろう。自分の頭に縛られたアナは、自分の心を信じて自分の思いのままに彼に飛び込むことはできなかった。  その上、時の巡り合わせは決してアナに味方していなかった。アルフレッドに出会う前、レオが破産する前なら、別の道標がアナの人生に立っていたかもしれない。しかしアナの人生とレオの人生が交差する時、そのパズルのピースは合致することがなかった。 「あの時、私が結婚なんかどうでもいいから一緒にいたいと素直に言えば、何か変わっていたかもしれない。でも言えなかった。私の心はレオといたかった。でも頭は無一文の彼と結婚するなんて馬鹿な考えを認められなかった。それにまた彼に拒絶されるのが怖かったし。」  結局アナはこの時もレオのところには行かなかった。結婚という見えない鎖に繋がれて、心を説き伏せてイギリスに留まった。 「私は一人で生活するのに疲れていたのよ。私は・・・結局一人目の夫も二人目の夫も愛していなかった。結婚ってそういうものよ。」  アナが冷静に自分の過去を分析して、感情的にならないことに感謝した。しかし寂しそうなアナを見るほうが、私には辛く感じられた。 「私が二度目の結婚をしてから、レオは世界中を旅するようになって、島にはあまりいなくなった。電話や手紙はしばらく続いたけど、返信が遅くなったりすると、だんだんやり取りもなおざりになって・・・レオには詩しかないのよ。芸術にしか生きられない。私には娘もいて現実に生きて行かなきゃいけない。愛だの恋だのだけでは生きられないのよ。」  ケイトの駆け落ちを責めながら、ケイトが20年以上ずっとそのまま貧乏画家を愛し続け、関係を続けていることをどう見ているのだろう。アナはケイトに負けたと思っているのか。ケイトを認めているのか。ケイトに嫉妬しているのか。それでもまだ彼女を肯定はしていない。自分を守るためだろうか。  アナは頭に植え付けられた価値と規則を守らなければならない。たとえ心が伴わなくても。アナの世界で生きるには心は無用の長物なのだろうか。指針にはならない。それなのにレオに出会ってからは彼を愛し続け、空洞な心で結婚し、結婚生活を全うした。
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