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 アナにとっての結婚とは制度であり契約であり不可侵なのである。個人の感情ではなく、何代も続く家と家との神聖な繋がりである。それは全力で守らなければならない関係であり、無形の重厚な構築物なのだ。愛情など構築物の陰に置き去りにされている。 「私はアルフレッドに尽くしたわ。『結婚生活に』といったほうが正確かもしれないけど。自分の仕事を減らして、アルフレッドの仕事を手伝った。イギリスではパーティーを主催して、彼が世界中の顧客に会いに行く時は同伴したのよ。」  中東、東ヨーロッパ、オーストラリアなど各国をアルフレッドと歴訪した話はとても面白く、アナの様々な経験は彼女らしい視点で異なる文化を捉えていて、興味深かった。しかし、たくさんの楽しい驚くような話に、アナが輝くことはなかった。レオの話をする時のように幸せに包まれ、明るく上気する少女のアナはいなかった。 「去年、アルフレッドが亡くなって、私の結婚生活も終わったわ。レオとはアルフレッドと結婚した後も、電話をしたり手紙のやり取りはしていたけど、実際には会っていないのよ。45の時からね。」  アルフレッドが亡くなり、結婚の呪縛から解かれたアナは、今やっとレオへの愛だけに生きている。43年前に出会い、33年間も会っていないレオを思い続けたアナは、今もベッドの上で彼のことだけを考えている。リチャードでもアルフレッドでもなく、レオだけを思い続けている。 「・・・会いに行こうかとふと思ったけど、私は78歳のおばあさん。こんな姿は見せたくない。」  自分の手の甲をアナは見つめる。パラフィン紙のように乾燥した皮膚には血管が骨にまとわりついて見える。シミと皺だらけの手はアナを悲しませた。 「明日はお休みだから、また明後日伺いますね。」  私はアナの手の甲に手を重ねて、ぎゅっと握りながら約束をした。誰もが年を取る。例外はない。美しいデザインを探求し、追及し、表現してきたアナにとって、加齢による変化はきっと常人より受け入れがたいのではないかと思った。  彼女は微笑んで私に頷き、電動ベッドを下げて、再び横になった。長いインタビューは体にこたえるのだろう。早めに切り上げた私は、隣室のアイラに手を上げて挨拶をし、帰ってきた。  アナの78年間の概要はおおよそ把握できた。彼女の人生を軸に、数々の逸話、裏話、出来事などを繋ぎ合わせて飾っていけば、魅力的な一冊ができるだろうと私の中には青写真が描けた。アナの性格を反映させて、小気味いい文体で澱みなく軽快に進めていくことにした。インタビューを予定していた時間はあと一週間余りあるので、残りの時間で、聞き足りなかった部分を埋めていくことにした。  ホテルに戻って、麻子に報告をする。 「おはよう、そっちは朝でしょ。」 「うん、でももうオフィスにいるわよ。あなたの分の仕事が溜まっているから。」 「お疲れ様です。」 「何よ、他人事みたいに。」 「ははっ・・ごめんごめん。」 「アナはどう?」 「大丈夫よ。一度、興奮して驚いたけど、あとは落ち着いて、話を聞けたし。だいたい構想はできたから。」 「良かった。どんな感じ?」  私は自分が作った構想を説明した。そして連載に関することから本の出版まで大枠を麻子と相談し、彼女が本社に報告してくれることになった。
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