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 それから残りの一週間、私は取材を続け、アナの話を聞きながら、必要な情報を引き出すようにアナに質問を繰り返し、ようやく一冊の本にできるくらいの材料を得ることができた。  アナの人生は華やかに彩られていた。それはファッション業界の人だったからだけでなく、アナという人物が好奇心に満ち、挑戦的で恐れを知らないからだろう。世界各地での体験は、彼女の人生を豊かにしていた。決して、冷静に忖度なく気に食わないことを指摘する難しい性格だけでなく、異文化に敬意を払い、分析し考え、芸術家らしい純粋で情熱的な面も、子供のようにやんちゃな側面も持っていた。インタビューを通して、彼女の魅力を改めて知ることになった。  そしてもうすぐ消えていくだろうアナの命の最期に、彼女が幸せで包まれることを私は切望していた。  私は最後の一週間、やきもきしながらレオの返事を待ち続けていた。私がイギリスにいる間には返事は来ないのではないだろうか。半ば諦めていた。いや、返事はずっと来ないかもしれない。アナの気持ちが伝わればいいと思ったではないか、と自分を納得させる。  とうとう明日、日本に帰るという日になった。取材を終えていた私は、挨拶だけをしにアナの家を訪ねた。 「アイラ、いろいろありがとう。明日日本に帰るのよ。」 「もうひと月も過ぎたのね。早いわ。気を付けてね。」  アイラは優しく私を抱き締めてくれた。彼女がいればアナは大丈夫だと私は安心していた。  アナにもお別れをしなければならない。部屋に入るとアナが待っていてくれた。 「もう帰るのね。」 「ええ、明日。本当にありがとうございました。」 「こちらこそ。私がお礼を言う側よ。掲載を楽しみにしているわ。」 「はい、いい本にしますから。」  今朝のアナはしっかりとしていて、取り乱したり、呆然としたりしていた時とは別人のようだった。最後にいつものアナらしいアナにさよならが言えて良かったと、私は心の中で喜んでいた。 「エマ、あなた宛ての手紙が来たわよ。」  そう言いながら、アイラが急に部屋に入ってきた。手には大きい茶封筒が握られている。レオからに違いない。返事が来た!私は飛び上がるくらいに嬉しかったが、もし返事が来なかったら悲しむのが目に見えていたから、レオに手紙を送ったことをアナにはまだ内緒にしていた。  アイラから封筒を受け取り、開けてみた。中には一枚の紙切れと封筒が入っている。紙には「レオポルド・アラン・ランベール氏から預かった封書があるので、アナ・ローズ氏に受け取ってほしい」と書いてあった。私はAnnaと震える文字で宛名の書かれた封筒を手にした。  封筒の中はどんな内容だろうか、彼女を傷つけるようなことがあるだろうか。私はこの期に及んで心配し出した。今更、撤回できないし、アナ宛ての手紙を私が開封するのは憚られる。意を決して、私はアナに封筒を黙って差し出した。  アナは怪訝な様子で私を見つめると、差し出された封筒を手にした。表に書かれたAnnaの文字が読めたのか、アナは枯れ枝のような指を封筒の隙間に入れて破くように開いた。中からは一枚のカードが出てきた。  カードを開くと大きな文字で一文が綴られているようだが、私には遠くて読めなかった。それに文字の線は震えていて読みにくい。緑内障が進んだ目では、大きな字でも読むことは難しそうだった。  やはりアナの目では判読できず、彼女は瘦せこけた細い腕を伸ばし、私に読むように促した。  私はカードに目を移して、ゆっくりと声に出して読んだ。 『Anna, You have been and always will be with me. Love, Leo』 アナ、君はずっと僕と一緒だよ、これまでもこれからも。愛をこめて、レオ  読み終えた私はアナにカードを返した。アナはカードを握り締めると胸に押し当てて、大粒の涙を零した。レオの愛がカードから溢れ、零れる。長い年月をかけて、長い年月を越えて、溢れ出す。この時に向かって、すべてが動かされていたのだと私は思った。この時のために。アナは愛に溢れていた。  アナの自叙伝はレオへの長いラブレターだった。最初で最後のラブレターは書かれる時を間違えたのかと私は思っていた。もう少し早ければ、アナとレオの第三章があったかもしれない。しかしそれは今まさに書かれるべきだったのだ。  ラブレターはアナの人生を完結させるために、今、書かれたのだ。私はアナの人生の証人となった。彼女と一緒に人生の最期に立って、これまでの人生を振り返って見ていた。  そこには言うべきなのに言わなかった言葉も、やるべきだったのにやらなかった行動も、会うべきではなかった人物も、何一つなかった。すべてが精密に計算し尽くされた、世界で一枚だけの設計図が広がっていた。つまずいて、転んで、笑って、泣いて、歩き続けるアナがいる。どの瞬間を手に取っても、アナは自分に正直に真剣に生きていた。そしてレオと出会って、生涯彼だけを愛し続けた。 「エマ、愛しなさい。本当に心から愛する人を愛しなさい。」  アナ・ローズの取材を終えて、ヒースロー空港に向かう途中、私は英嗣に電話を掛けた。 「英嗣・・ごめん、別れましょう。」                                 完
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