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――月曜日の朝――
早坂萌は起きてすぐ、枕元の携帯電話を手に取った。画面を触り、表示された時間に絶句する。
「ヤバイ」
昨夜は塾から帰った時間が二十一時だった。そこから夕食を始末して、浴室に。風呂からでたら化粧水と乳液を顔に染みこませ、ドライヤーで髪を乾かす。
自室で宿題をして、塾の時間に溜まっていたSNSに返信。ベッドに潜り込んだのは、おそらく日をまたいでいただろう。
登校時間に間に合わせるには、超特急で家を出なければいけない。
萌は階段を十六ビートで踏み鳴らして、降りる。洗面所に急ぐと、社会人の姉が場所を独占していた。
「よう、寝坊助。ようやく起きたか」
「お姉ぇ。いつからここに……すぐに化粧は終わる?」
「ファンデを始めた所。これから私の美しさは作りあげられていく」
「あたしは遅刻しそうだから、譲ってよ」
「私も会社に遅れそうだし同条件だ。会社員の場合は査定に響くからお給料が減っちゃう。だから、こっちの方が深刻なの」
さすが私の姉だ。駄目さ加減が自分とそっくりだ、と萌は諦めた。
姉の動きに合わせて、反復横跳びをする。鏡の両端で髪を確認して、櫛でとかす。隙を突いて顔を洗う。
鏡台の引き出しから、先週購入した1dayコンタクトレンズを取り出した。
自室に戻って机上のスタンドミラーを見ながら、レンズをつける。
つけ終わるとすぐに、全長一メートル程度のおじさんが鏡に映った。長髪を揺らしながら、萌のベッド奥にある枕に忍びよっている。
「また出た! この枕フェチ。変態っ。いい加減にさらせ」
萌は叫んだ。開けっ放しの窓から金切り声がとどろき、電線の鳥たちが飛び去っていく。
おじさんを睨みつけると、小男は枕に駆け寄った。枕をひっくり返して、満足げに萌に笑顔を送る。
萌は食卓に置いてあるスープを一気飲みして、食パンにバターを塗りたくった。食べやすいように二つに折ったパンを掴みながら、玄関へ。
居間のテレビ前におかっぱをした子供がいた。赤いちゃんちゃんこを着て、毬を抱きかかえている。子は構って欲しそうに萌を見つめていた。
「学校に行くんだから、今は遊べないよ。そうだ、もうTVのリモコンは隠さないでね」
推しの韓流アイドルのダンスを数分、見損じたことを思い出し、子供に注意する。
晴天の下に庭で洗濯物を干していた母が、それを耳にした。誰もいない部屋に呼びかける娘の姿に「受験ノイローゼって色々な症例があるのね」と独りごちた。
不安感を吹き飛ばすかのように、豪快に布団のシーツを上下に振る。青空に白いシーツが鮮やかにたなびいた。
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