レンズの先に

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――月曜日の午後――  授業が終わり、放課後となった。かれこれ十分以上、萌は校舎三階の廊下をうろついている。  逡巡(しゅんじゅん)する通路の中央には、奇々怪々会という部屋がある。ここには世の怪奇現象を全て知っている、と豪語する男がいた。中二病の痛々しい妄言(もうげん)のようで、皆不気味に思っているらしく、この部屋の前は足早に通り過ぎていく。  萌はぴたりと扉の前で足を止めて、ノックしようか悩んだ。「やっぱり怖いからやめよ」と(きびす)を返すと、何かにぶつかって転ぶ。  見上げるとそこには奇々怪々会、唯一の会員にして会長、北条智司(ほうじょうさとし)がいた。彼は尻もちをつく萌に手を差し伸べた。 「早坂じゃないか。入会希望なのか?」 「入会? 怖い話は苦手だし、入らないよ。お尻が痛いっ。あんた体が大きすぎ。廊下を歩くときはもっと気をつけて。突然、壁が出現したかと思った」 「壁……ぬりかべってことか。悪くない。何か用があるんだろ。取りあえず入れ」  北条は口角を上げ、扉を開いて萌を招き入れた。  室内はカーテンが閉じられており、暗く湿っぽい。掃除も行き届いていないのか、埃の香りが漂う。  中央に長机があり、椅子が数脚おかれていた。机の両端には、黒を基調にした怪しげな雑誌が乱雑に放ってあった。部屋の隅に分厚い本がうずたかく積まれている。    二人は長机に向かい合って座った。周囲を見回す萌に、北条が訊ねる。 「で、どうした」  そこからは萌の独壇場だった。ここ一週間の摩訶不思議な生物との出会いと不満を、激流のように彼にぶつける。  北条は黙って頷き続けた。  とっぷりと日も暮れた頃、永久機関かと思われた萌の唇が停止した。 「ようやく終わったか。早坂……愚痴ばっかりじゃなくてポイントを押さえて明瞭に喋れ。その妖怪の姿形・様子・いた場所とか。このままじゃ入試の面接に落ちるぞ、お前」  北条は大きく息を吐いた。 「酷い。あたしみたいなか弱い乙女には、親身に同情しなさいよ。優しく『大丈夫だったか?』『無事で良かった』でしょうが。残酷な指摘をして追い込むな! 苦しい受験期に恐ろしい目にあっているんだから。可哀そうでしょ」 「可哀そう? とんでもない。俺はこれ程、人を羨んだことは無い。頭脳明晰で定期テストは常に上位。良家の出で欲しいものは何でも手に入る。  だが、超常現象に遭遇することに焦がれているのに、一度も経験がない。何で早坂ごとき素人に先を、越されねばならんのだ」  北条はこぶしを握り、小刻みに震わせた。  怒りの表現なのか、それとも妖怪の目撃談を聞いた興奮かは分からない。 「早坂と怪奇との輝かしい出会いを説明してやる。そこになおれ」  萌は背筋を伸ばして、居住まいを正した。
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