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――金曜日――
この日も萌は奇々怪々会で、放課後を過ごした。
妖怪について北条と話し合う。新しい怪異の話を彼女から聞けなかった会長は、ひどく落胆していた。
萌は何事もなく明日のコンタクト最終日を迎えられると、ほっとしていた。
しかしこの後、彼女は自分の見通しの甘さを思い知ることになる。
学校帰り。部屋に残った北条と別れて、時間は十八時頃。
夕陽が沈んで空が暗くなり始めていた。昼と夜が移り変わる。萌の体にまとわりつくような、生ぬるい風が吹いていた。
細道を萌が歩いていると、背後に人の気配がした。振り返って確認するのもはばかれるので、カーブミラーを利用する。制服やユニフォームを着ていないので学生ではない。二十人ぐらいか? ずいぶん大勢だ。人通りの少ない通りなので珍しい。
【横に広がって歩くなよ】と萌は忌々しく思うと同時に、体が固まった。
全員、人間ではない。
異形の者であることは明らかだった。首が長く伸びている、顔に目鼻がない、剥き出しの手足が緑色で尖った口をしている。多種多様な妖怪が揃っていた。
萌は足が震えて、歩を進めることができなくなった。
何とか通学鞄から、北条が魔除けだと渡してくれたアイテムを取り出す。紙袋に包まれていたそれは、角の生えたプラスチック製の赤ら顔……節分の時に使う鬼のお面だ。――生きて帰れたらアイツ、ぶっ飛ばす。
藁にもすがる思いで、萌はお面をつけたが、足は金縛りにあったように動かない。
行列の先頭にいる坊主頭に追いつかれた。男は顔を萌に向けて、全身を睨め回してくる。皺のおおい好々爺に見えるが、威圧感が凄かった。妖怪の行進が一斉に足を止めた。
何者かがぐっと萌の襟首を、後ろから引いた。
振り返ると着物を着た美少年がいた。二本の赤い角が頭部に生えており、長い白髪。手には雅な盆を携えている。甘い酒の匂いが萌の鼻をくすぐる。
彼は萌から鬼のお面を剥がして、自分の側頭部に引っ掛けた。萌の顔をじっと見て、にこやかな笑顔を浮かべる。
美少年は彼女の肩をだき、ゆるやかに歩き出した。道の先を指さして行進を促すと、老人が顔を前に戻し、行進を再開した。
長い舌をちらつかせる鼠の化物、不気味な音を立てて歩く骸骨。中央に顔のついた燃える車輪。妖怪たちは萌に好奇の目を向けるが、隣にいる少年が睨みつけると、慌てて視線を逸らす。
横道に差し掛かり、少年は萌を脇道に引っ張った。萌に顔を寄せて、人差し指を口にあてる。
【黙っていろということ? 助けてくれたの】
少年の鬼は何事も無かったかのように、萌を置いて行列に戻っていった。
へたり込んだ萌はしばらくして、震える手で北条に電話をかけた。状況と場所を説明すると彼は興奮気味に返す。
《本当か! なんて素晴らし……いや、大変だったな。それは百鬼夜行だ。先頭の坊主は妖怪の大将、ぬらりひょん。間近でその行進を見ると死ぬのだけど、良く生きていたな》
《お盆を抱えた鬼が助けてくれた。お酒臭かったけど、格好よかった》
《ん? 酒呑童子かな。鬼化する前は女性に好かれたらしいから、女子に優しかったのかも。曲がったことが許せない性格と聞くから、きっと守ってくれたんだ。
そして、見てくれが良かったならば変身前だ。完全に鬼に変化したら背が高くなるから》
《え、イケメンなうえに高身長になるの? どのくらい》
《六メートル》
《は? 恐竜じゃん》
《鬼の頭領だから、強力なんだ。しかし早坂が無事で良かった。百鬼夜行を実体験した人間から、詳細を聞けるとは。もっと話せ。俺は自転車通学だから迎えに行こう》
あっという間に、北条がママチャリでやってきた。
後部キャリアに萌を乗せて、自転車を走らせる。
萌は血の気の引いた体を温めるように、北条の体にきつく手を回した。
びくりとした彼は文句を言おうと口を開きかけたが、萌の身体が震えているのに気がついて止めた。
夕方のランニング代わりに、北条は萌を自転車で家まで送った。早く俺も妖怪が見えるようにならないかな、と思いながら。
すっかり暗くなった夜道に、自転車のライトが流れるような白線を描いた。
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