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カンタダは、車の窓をあけ、暗闇の路でライトを点け走っている。 人気のない田舎道には、朝とは違いりんりん、ちろりと鈴虫や松虫が車の中にその虫がいるかのように鳴き響く。 夜の空を見上げ雲一つなく、星々はどれも虫たちの音色のようにコントラストを出し、湿った土壌と森林から乾いた柔い良き匂いがする。 すると、匂いの余韻に誘われて、前方200m先に一人の女性が道端で休んでいる。 徐々に車で近づくと、その様相がはっきり見え、大きなリュックサックと登山用のスティックを持ち、20代そこそこの健康的な体型をした女の人であった。 カンダタは、路肩に車を寄せ窓から、 「こんな夜に、こんなところでどうしたんですか?」 と声をかけ、女性が顔を上げる。 カンダタは、幽霊や化け狐の妖怪でないことを確認しつつ、その女性を見てみると、20歳そこそこの顔の整った娘さんだった。 その娘さんは、ポツリと疲れた声で、 「登山をしていたのですが、道に迷ってしまって連絡もできず道で休んでいたのです。」と、車を待っていたようだ。 そういって、車に乗りたがっていたので、カンダタは娘さんを乗せてあげた。 「色気に取り憑かれた男であったら、君を車に乗せ性の被害にあうかもしれないよ」と、発情する和尚を思い出し話した。 弱りきった細々とし声で 「あなたは、そんな人ではなさそうでしたので、乗せてもらうことにしました。それに、体力の限界だったのです。富士山の見える麓に家があります。どうか、そこまで運んでいただけないですか。」と、虚ろな目をしてお願いをしていた。 カンダタは、正確な場所はわからないが、富士の麓を目指し運転する。 和尚さんのこだわりなのか、カーナビは搭載されておらず、カンダタには連絡するツールも持ち合わせていない。 娘さんも、はっきりとした路までは分かっておらず、途方にくれている。 「富士に行きたい」ことは、太陽の出る方に向っていき、いつか町中にでると勘を頼りにした。すると、路肩に湧き水があり、塩ビ管で蛇口に結ばれ、誰にでも飲めるよう設備されていた。 「喉は乾いているかい?」と、ウトウトしている娘さんに聞いた。 「ええ、とても。」と言ったので、路肩に車をつけ、湧き水へ向った。 娘さんはリュックから、携帯用の飲料容器を取り出して蛇口をひねり、じゃぶじゃぶと注ぎすぐに飲んだ。わたしは、水を入れる容器がなかったので手で器をつくり口に持っていく。 湧き水は、夜月に照らされて蛇口から垂れ流させるたびに夜空に瞬く星々のようにキラキラ光っていた。さらに、冷たい喉越しの良い水は、わたしのこころを静かに沈めてくれた。 静まったこころで、隣にいる娘さんに目を向けると、白い肌に光沢があり、キラキラ光っていて、水を飲んで満たされたのだろう。飲んですぐに車に乗り、ぐっすり眠ってしまった。 、富士山の麓を目指し走り出す。 どれくらいの時間が経過したかもわからないが、娘さんが起きる気配がなく、空が正面から明るくなってきた。 村はいくつか通り過ぎたが、人がいる気配があまりなく、カンダタはよることをせずに、ただ、車を走らせていた。 考えずに進んだほうが状況が好転することを自覚していた。 青い標識に、富士市まで50km、甲府まで50kmと見え、陽が差すにつれはっきりと富士山が見え安堵した。 雲はいまも上がっており、娘さんも疲れがとれたのであろう、むくむく動き目を開けて「あら、富士山じゃない。ここからは道を案内できるわ。次の信号を右に曲がって、しばらく路なりよ」と、虚ろさが無くなっていた。 まったく、自由で気ままな娘さんであったが、そんなところもキラキラ光る太陽のように見えた。 明るくなって、ふと車のメーター表示に目をやると、ガソリンのマークが点滅していた。すぐそこに、ガソリンスタンドがあり、ドライブインする。 すると、娘さんは足元にあるリュックからなにやら探し出し財布を取り出して、クレジットカードをカンダタに渡した。 「乗っけてくれた、お礼よ。これで払ってちょうだい」と、朝になって元気になったようだ。 わたしは、そのカードを使ってハイオクでガソリンを満タンに入れた。 「カンダタは、ありがとう。」と言って、娘さんにカードを返した。 「お腹が減ったわ。あの店入ってモーニングでも食べましょ」と、自由奔放にまた言った。 カンダタは、明るくなってからじっくり娘さんを見てみると、夜よりもさらに顔立ちが整って光沢のある美人であることがわかった。きっと、娘さんはモテるのだろうが、そのことを娘さんは気にもとめていないようだ。 わたしもお腹が空いていたので、すぐそこのモーニングが食べれる喫茶店に入ると、目に3本の笑いジワをつけた店員さんが、「いらっしゃい、そこの席にどうぞ」と言って、カンタダと娘さんが席につき「おすすめはなんですか?」とはっきりとした口調で娘さんが口角をあげて聞いていた。 店員は、二つの皺のほうれい線がくっきりして「たまごサンドとカレーライスがおすすめだよ。特製のソースと知り合いの美味しい卵をつかっているからね。そこらじゃ、食べられないよ」 「それを一つずつと、コーヒー二つ」と、娘さんはカンダタの意見は聞かず頼んでしまった。 「大丈夫よ。私が払うわ。その代わり私に選ばせて」と、話しておえるとカンダタのお腹がぎゅと鳴って「お腹へってるみたい」と笑っていた。 まだ、朝が早いことから、店には3グループの客しかいない。 しかし、店の入口には、この後のピークに備え名簿が置かれていた。とても愛想がある店員さんだから当然だろう。 そんな他愛もないことにカンダタは、嬉しそうだった。 元気を取り戻した娘さんは、登山をし迷子になった経緯を話していた。 「いつか1人でエベレストに登りたいの。そのために、電子機器を持たずにのぼっていたら迷子になって、水も死にかけの蜘蛛にあげたら、なくなってしまって、まだまだね、わたしも。あなたには本当に助けられたわ。何をやっている人なの?」 一文無しになって、門にいたことや血の池の話をしても信じないだろうと思い濁して「日本を一周する旅をしているんだ。いまは東に向かっている」と答えた。 「あら、それなら、私はその途中で出会ったお姫様ってことかしら?」と、目をパチクリさせてこちらを見てくる。 カンダタは、娘さんの冗談にドキッとしたが、ちょうど笑いジワが魅力的な店主が、たまごサンドとカレーライス、コーヒー二つをテーブルに置きほっとする。 娘さんもなにも気にしていないそぶりで運ばれてきた料理に「わー、美味しそう」と、お腹がぺこぺこの娘さんは、店主とご飯に「いただきます」と色のある声で、サンドイッチを手に取り口に頬張った。 もぐもぐして口から物がなくなると「遠慮なく、食べて」と皿をカンダタに差し出していた。 「いただきます」とカンダタは色のない声と口で、サンドイッチを食べた。娘さんは何の躊躇もなくカレーライスも食べ、それもカンダタに差し出しては自分も食べていた。 変にドキドキして気にしているカンダタは自分自身がアホくさくなったのだろう。すぐに娘さんと打ち解け、店主とも仲良く談笑して「また来ます」と娘さんが支払いをすませ店を出た。 すると店を出てすぐ娘さんは「家はあそこよ」とそこから見える山を差した。 車に乗って早速そこに向かい山につくと、そこには立派な門のある家があり中から、目尻がつり上がった狐のような使いが出てきた。 「これこれ、そこの男もしやお嬢を誑かしておったのか?こんな朝に帰ってくるとは怪しい。」と娘さんに手を出すようなものなら、槍で突き刺すような勢いでカンダタに迫っていた。 娘さんが「登山していたら道に迷って、私をここまで連れてきてくれたのよ」と、狐のような使いが勘違いを理解したらしい、急に小さな犬のようになって「これはこれは、お嬢様の恩人を疑ってしまった。そなた、車は立派だが、お召し物は貧相やの。どれ、まっておれ。」と幾分かすると、使いは男の着物を持ってきた。「旦那様が来ていたものだが、いまは誰も着ん。もっていってくれ。」と、大量の衣類を渡してくれた。 カンダタは、「きっと、旦那さまはもう亡くなっており、普段太陽な明るい娘さんにも娘さんなりの悩みや葛藤があり、エベレストを登頂しようと目標を掲げている」となんとなく娘さんのことが分かった気がして、幼子のように娘さんを見守って、笑いかけていた。 柴犬の幼な顔になった使いは、 「これこれ、そこの男。色目を使うでない。それより、そなたこれより先、東に向かい日本を回るなら外車では心もとないだろう。むかし、旦那さまと娘さんが使っていた軽トラサイズのキャンピングカーがある。水も料理もできる。どれ、交換しまいか」と、持ちかけてきた。 着物を探しているときに、日本一周のことを娘さんが使いに話したのだろう。 カンダタは、外車とキャンピングカーを交換した。 娘さんは、湧き水が入った携帯用の飲料容器をカンダタに渡し「本当に、ありがとう。またいつの日か、会う機会があったらよろしくね」と、整った光沢のある顔で目と口を和ませていたが、カンダタはその水をゴクリと飲み静かに沈めてさらに東に向った。
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