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 サイレン。今日は早く来すぎてしまったね。掃除人がえらく慌てていた。悪いことをしたよ。  勘定? ああ、お金のことなら大丈夫。特別と言っただろう、君の「先生」ってことで安くしてもらっているし、これでも結構持ってるんだ。本当だよ。昔とは違う仕事だから、勝手が分からないことも未だに多いけれど、それなりに楽しくやっている。なにより、息抜きしつつやれるのは良いね。  仕事が何か気になる、って? 通訳や翻訳、それからこうしてレッスンを開いたり。音楽や絵を理解するのを手伝うときもある。つまり、言葉があるところに仕事があるんだ。元々、言葉についての研究をしていたから。その延長でやっている感覚だよ。  ええ? 吟遊詩人か何かだと思った?  っふふ、君にものを教えてくれている人たちは、随分ロマンチストなのかな。  サイレン、話す言葉によって人々の生活に大きな差がある時代があった、と聞いて、想像できるかい。  その差をなくす努力が重ねられて、格差はある程度是正されたのだと思う。だけどついこの間までは言葉の違いで、経済や文化や教育や、様々な場面で差が生まれていたんだ。  差は争いを生む。争いは連鎖し、更に悲しいことを引き起こす。  だから私や、同じ考えを持つ者は言ったんだ。いっそ統一的な言語を作って、差をなくすべきだと。そのための指針になる言語も作った。  でも、違ったんだ。  バベルと呼ばれるようになったのは、これがきっかけだ。言語を統一しようだなんて、愚かで浅はかで、どだい無理だったんだ。  差をなくすためには、それぞれの言葉を互いに理解する努力が必要なんだって、そのときは考えが及ばなかった。言語を一つにするだなんて、私たちは神さまか何かになったつもりだったのかもしれないな。  ねえサイレン。  言葉を持たない君は、それでもここで、……何でもない。忘れてくれるかい。  ありがとう。  言葉で誰かを傷つけるのは、もうたくさんだからね。
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