赤黒い月は鎌

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 電話口で息をのむ音がした。 『で、でも……お兄ちゃん、彼女と灯油かぶって火をつけたって』  さきほど話した刑事を思い浮かべて嘆息する。 「あの銀縁メガネはずいぶんと伝言ゲームが苦手らしいな。俺が恋人と仲良く心中未遂した、とでも言われたか?」 『電話だからメガネは見えないけど、大体そんな感じ。原因はお兄ちゃんが他の女性と浮気したせいだ、とかも言ってたよ』 「初耳だ」  頭を抱える。 「どうしてそこまでメガネの伝達力に問題があるのかさっぱり分からないが、これだけは言わせてくれ。俺はそういう……乱れた交友関係なんか一切ないからな」 『ホントに?』 「そりゃ大学生だから女友達くらいはいるよ。だけど雑談したり飲み会したりする程度で、単なる友達でしかない。お前だってそうだろう」 『私は彼氏一筋だもん』 「初耳だ」  どこのどいつだろう。  まさかこの状況で妹に初めての恋人ができたという報告を聞くことになるとは思わなかった。 「……とにかく、今から順を追って話すぞ。どうして俺がこんなことになったのか」 『待って。どうせなら私、これからそっちに行くよ』 「ダメだ」 『えっ、だって大事な話なんでしょ? 電話なんかで済ませなくても……』 「念のためだ。とにかく話を聞いてくれ」  妹が訝しみながらも納得したところで話し始める。 「まず……去年、俺が大学近くにワンルームを借りたところからだ」 『学生アパートだよね。実家からだって通えるくせに』 「ひとり暮らしってのが良いんだ。宅飲みできるし、酔っぱらった友達を気軽に泊めてやれる」  礼香がいたずらっぽく揶揄する。 『本当に"単なる友達"かなぁ?』 「ああ、ヒゲとブリーフがよく似合う友達だよ」  彼は毎週のように俺の部屋を訪れ、手土産の酒やジャンクフードと引き換えに一泊朝食付きを要求した。  何の役にも立たない最高の時間だ。  しかしある日、彼は部屋に入るなり落ち着かない様子で話し始める。 「そいつがいきなり『お前の部屋に出入りするとき、いつも誰かに見られてる気がする』って言い出したんだ」 『誰かって誰?』 「分からなかった。最初は単なる気のせいだと思ってたしな」  しかし、予想に反して彼の主張は深刻さを増していく。 「毎回あんまりにも真剣に言うもんだからさ、いつも通り宅飲みしてる最中に、カーテンを開けて窓の下を覗いてみたんだ」 『そしたら?』  雨に濡れた夜道を思い出す。  一瞬だった。 「道路の真ん中で、何かが光った」  思わず声を上げた。  それでも目を凝らし続けると、さらに奇妙なものを目撃することになる。
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